異端生物 〜the blue eyes of the Siena〜
 第六章 Ten years ago

第五十話 話の最後に
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 沈黙の中、焚き火の炎が火の粉を撒き散らした。
 シエナもローレンも、黙ったきりだった。事の真実に、かける言葉も見つからない。
 話を区切り、フォードは伏せていた瞼を持ち上げた。
「結果はどうあれ、私は弟を見捨てた。そして庇って死んだディラを喰い、愚かな復讐の道を選んでしまったのです」
 自嘲を浮かべ、フォードは手元の種を見下ろした。


 あの後、エルヴィーナ――エルは混乱の中、何とか逃げ延びた。
 元々この種は、妹が歩けるようになったら一緒に植えるのだと、フォードの母親がディラに頼んで手に入れたとエルは言っていた。
 フォードを逃がしたその後、彼女は死んでしまった主の部屋で唯一無事だった種の包みを持ち出した。
 燃えてしまう山と屋敷の中で、人の姿になれなかった彼女が持ち出せる形見はそれだけだった。

 エルは結局、ハーヴィの追跡を逃れるためにシュタイト山に戻ることなくあちこちを点々と放浪した。そして、辿り着いた先があの街だった。
 吸血鬼達の穏やかな日々と壮絶な死を忘れ、人間として暮らしていたことを彼女はフォードに謝り続けた。
 ――自分は臆病で、目先の幸せばかりを見ていた。フォードのことを探そうともせず、失ったものを埋めるかのように街で穏やかな暮らしを手にしていた。
 エルはそう言って自分を責めた。
 だからこそ、フォードが現れた時に突然の悔恨が胸を刺した。母の形見でもあり、ディラが育てた植物で残っている最後の物である種を渡さなくてはと。彼女は使命感に襲われたと言った。

 けれどフォードは、そんな彼女を恨む事なんてできなかった。
 幼かったあの日々の中で、彼は見ていた。拾われたエルがどれだけ母を敬愛していたのかを、良く知っている。
 復讐という後ろ向きの道を選んでしまった自分よりも、きっと彼女は何倍も強い。

 今なら分かる。ディラが最後にくれた言葉の意味を。
 幸せを探すことは、自分の居場所を見つけ出すこと。ささやかながらも愛しく思える場所へ、あの日全てを失ったフォードは旅立たなければいけなかったのだろう。


「幸福と復讐。両極端の言葉を持つこの花。私はどちらも信じ、またどちらも信じ切れていない。何せ、一番憎いのは何もできなかった自分ですからね」
 フォードは苦笑を浮かべ、二人の少年を見比べる。
 消沈した面持ちだったシエナは、いつからか顔を上げてじっとフォードを見つめていた。
「軽蔑なんて、しないよ」
 穢れのない水の色を湛えた双眸。
 ディラと同じ内面の光を湛えたそれは、逸らされずにそこにある。

 夜の静けさの中、シエナの透る声が響く。
「君は沢山の命に生かされて、今ここにいるんだろう? そしてそれを君は理解している。痛いくらいに」
 真剣な顔付きを和らげ、シエナは微笑んだ。
「少なくとも、僕は君に会えて良かったよ」
「シエナさん……」
 嬉しいのか泣きたいのか、フォードの顔がくしゃりと歪んだ。
 ディラといいシエナといい、どうしてこの人達は何でも受け入れようとしてしまうのだろう。どうしてこんなにお人好しで、欲しいと思う言葉を投げかけてくれるのだろうか。

 そんな表情を見て、黙っていたローレンが少しだけそっぽを向いた。
「馬鹿じゃないの?」
 見詰め合っていたシエナとフォードが、驚いたように視線を転じた。
 同時に顔を向けた二人の仲の良さに、ローレンは呆れたように溜息を吐き出した。
「フォードさんの居場所なんてとっくにあるじゃない。シエナの隣、でしょう?」
 きょとんとする二人に、ローレンは微かに笑った。
 当たり前じゃないかと言われ、シエナとフォードもまた笑い声を噛み殺しめた。
 森の中を、三人の笑い声が密やかに流れていった。


「でも花言葉って色々あるんだねぇ。白詰草は幸福と復讐だけかい?」
「いいえ他にもありますよ。感化、堅実、私を思って。それから――約束」
 シエナに聞かれ、フォードは指折り数えていく。
 最後に出した言葉に、彼はディラのことを思い出した。

 人を受け入れる気持ちを忘れずにいて欲しい、と。幸せを探せ、と。彼の願いの一つ一つが蘇る。
 今の自分を見て、彼はどう思うだろうとフォードは焚き火を見つめた。
 きっと、あの優しい笑顔で笑ってくれているはず。

「シエナさん、ローレン。この種、三人で分けましょうか」
 フォードは包みを再び広げ、それを摘み上げた。
 今ここにある瞬間が、いつか無くなったとしても。
 芽吹いた草花を見るたびにフォードが故郷の景色を思い出すように、三人で笑い合った事をこの種は証明するだろう。
 幸せな時を、忘れないために。




第五十話:話の最後に…END
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