異端生物 〜the blue eyes of the Siena〜
第四章 安息日
第二十八話 ソフィア -3-
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フォードがエルに尋ねた言葉に対して、ソフィアは驚愕をした様子で振り返った。
何故そのような表情をするのか、先程からずっと不思議に思ってたフォードは思わず眉を下げた。
何となくエルを見やれば、どうやらその行動の意味を理解しているらしく少し呆れているような態度だった。
「あの連れの方ってフォードさんの、こ、恋人なんですか?」
「えっ?」
穏やかな表情を始終浮かべていたフォードも、この発言には驚きの声を上げた。
連れといえばシエナとローレンに相違は無いのだが、どちらも男だ。人魚であるシエナは女性に見えなくもないが、同じく魔物であるフォードの感覚から言えばどう見ても男性だ。
話の流れが読めずに混乱するフォードを見るなり、慌ててソフィアは口を噤んだ。エルの視線に耐えられなかったせいもある。
「どうしてあんたはそう失言するの、ソフィ」
溜息交じりでエルが言う。これにも慣れた様子であることから、随分と二人の付き合いは長いのだろう。
エルの一声で、ようやくフォードはソフィアの間違いを訂正しなければいけないことに気付く。
シエナは自分と同性で、この買い物は彼の友人への物なのだと説明すると、ソフィアはあからさまに安堵した。
ますます分からないとフォードは眉を少しだけ寄せたが、何も言わなかった。
候補に挙げられた物の中で、白を基調とした淡い花模様の便箋と空色の便箋がフォードの目に留まり、結局彼は二つとも購入することに決めた。
封筒は何の飾り気も無い、真っ白な物を選んだ。
フォードが、封するときに使う赤い蝋を持っていたからだ。赤は白に良く映える。
エルからコーディネイトのアドバイスを貰い、微妙な空気のまま二人は店を後にしようとした。
「ああ、フォードさん。これも持っていって下さいよ」
扉を開きかけた彼に、エルは両手を差し出した。
覗きこんでみれば、小さな包み紙がちょこんと乗っている。巻かれている紐には緑色のインクで何か書かれていた。
「店の奥から出てきたの。何の種かは分からないけれど、上げます。貴方なら分かるでしょう?」
確信めいた笑みを浮かべ、エルは包みを寄越す。
フォードは瞠目したが、彼女の表情に何かを感じ取り、受け取った物を丁寧に握りこんだ。
固くて丸い感触がした。
「じゃあね、ソフィ。さっさと仕事に戻りなさいな」
「言われなくても分かってますよー」
軽口を言い合いながら、二人はそっと微笑んだ。
信頼し合った関係なのだな、とフォードの口元も自然と和らいでいた。
フォードとソフィアは、行きに通った道を今度は逆に辿っていく。
先程の会話のせいもあり、間にエルがいないだけで何故だか気まずいものに思える。
ソフィアは何とか話題を探そうとしているのか、ちらちらとフォードの顔を窺っていた。それは先程から送られてきた視線とは違い、単なる気遣いだけが篭っている。
「――さっきのこと、怒っていますよね」
小さく呟かれた言葉に、フォードは足を止める。
見下ろした所にソフィアの柔らかな髪が見える。頭一つ分違うその身長は、シエナを思い出させる。
「いいえ。ですが、どうしてあんなことを」
宥めるような優しい笑みを零され、ソフィアは泣きたくなった。勢いよく顔を上げ、自分のことを不思議そうに見てくる青年を仰いだ。
その瞳には、彼女の求め得るような意味は何も見出せない。
震える手をぎゅっと握り締め、ソフィアは口を開いた。
「あたしは……貴方のことが――」
風が二人の間を駆け抜けていった。
「……? ソフィアさん?」
唸る風音が去った後、いつまで立ち止まる彼女をフォードが訝しげに眺めていた。
「――何でもありません」
たったの二文字の単語が、どうしても出なかった。喉が閉塞されているように息苦しくなり、紡ごうとされた唇は力なく閉じた。
ソフィアは振り切るように頭を振る。
冷たくなりつつある風の中、垣間見た赤い双眸。優しさが感じられる一方で、それは酷く哀しく冷たい色を残していた。
呆れていたエルの態度が蘇る。あれは無言で、彼は止めとけと言っていた。
その意味がやっと理解できた。フォードの醸し出す雰囲気は優しく包むもののように見えるけれど、確かに近寄りがたい壁が存在する。無意識に感じていたそれは、あの寂しい――大切な人を失ったことのある眼差しなのだ。
彼に消沈な顔をさせる、ここには居ない人達の代わりになれるなんて、ソフィアには思えなかった。
通りには人の姿がぽつぽつと現れ始め、しばらくすれば賑やかな様子を取り戻すだろう。
少し離れたところで自分のことを待つフォードを見止め、ソフィアはゆっくりと歩を踏み出した。
歪みそうになる視界をどうにか留め、精一杯笑う。
長く町に居られない旅人の記憶に、せめて自分の明るい笑顔が残ることを願って。
+ + + + + +
店を出た二人を見送ったエルは、溜息を一つ吐き出した。
ソフィアが彼を困らせているだろうと思うと、やるせない気分になる。
あの二人が結ばれることは皆無に等しいことを知っている分、余計に辛かった。
思考を切り替えるようにエルは店の扉を閉めようとした。
「――何か、用かしら」
ノブに手を掛けたその時、奇妙な気配を感じた。エルの双眸がきつく歪んだ。
振り返らなくとも分かるその存在に、胸の警報が高く鳴り響く。
「お店は今日はやっていないの。出直していただけるかしら?」
「キミに用事があるのですよ、エルさん?」
低くも高くもない不思議な声音の主は、うっとりと微笑んだ。ゆったりとした黒い法衣を纏い、目元まで深く覆い隠すフードを被っている。微かに覗く白い肌の中に、紫のルージュが際立つ。
エルはそれが何者であるか瞬時に理解した。背中に冷たい汗が伝う。
「一緒に来ていただきましょうか? お友達が大切ならねぇ」
十字架を下げた僧侶たちが、店を囲むように立っていた。
第二十八話:ソフィア -3- …END
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