異端生物 〜the blue eyes of the Siena〜
第三章 裏切り者と鎮魂歌
第十四話 ローレンとフリード
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ほの暗い闇の底で、彼は毎日のように悪夢を見続けた。
親友と偽った年下の少年を切り捨てる夢。毎晩、少年から憎悪の目で睨まれる。
そして、彼は飛び起きた。
べったりとした汗で貼り付く緑髪に、何度嫌悪したことだろう。
「……ローレン。お前はきっと俺を怨むだろうな」
彼はベッドに入ったまま、大きな窓を見た。薄絹のカーテンの向こうから、さざ波の歌が聞こえてくる。
+ + + + + +
「おはよう、ローレン」
「おはようございます、お義父さん」
家族がそろう朝食のダイニングには、夢の少年がいつも通り座っていた。
毎回のことだが、顔が合わせ辛いと彼は思っていた。
だが挨拶しないわけにもいかない。ただでさえ、この家は格式高い。つい先日まで孤児だった彼が、一生会うことのなかった上流階級の人間達がいるのだ。機嫌を損ねれば再び路上に戻されると、彼は思っている。
「おはよう、フリード」
家長である伯父が朗らかに笑った。その温かい微笑みに、彼――フリードリヒもまた固かった表情が柔らかくなった。
それを見るなり、隣に座っているローレンがあからさまに安堵の溜息を吐いたのが目に入った。
このウィル家は、西の大地でも有数の医師の家系だ。跡取りであるこの少年は、若干十三歳だったが既に頭角を現している。
そのためか、ローレンはフリードリヒの顔色が良くないことに気付いていたようだ。
無論、他の家族も医者ではあるのだが、正面きって真っ直ぐとフリードリヒを見る者はローレンしかいなかった。
孤児時代から、二人は共に育ってきた。
今では金持ちの息子であるローレンも、元々は孤独な子供であった。
ウィル家の当主には子供が生まれず、また夫人が高齢のために出産は望まれなかった。夫婦は孤児院で男の子を引き取ろうとした。それが、ローレンだったのだ。
ウィル医師は、戦災孤児や難病の子供を幾度となく無償で救っていた。
そのためこの孤児院とは繋がりがあり、ローレンは院長自らの推薦で夫婦の元へと行くことが出来た。
彼は聡明で飲み込みの早い子供だった。そこが気に入られたと言われているが、違う見方をする者もいる。
それは、ローレンが受け継ぐであろう遺産に関することだ。少年には血縁者がいない。余計な諍いをもたらさないから選ばれたのだと、影で囁く声も少なくはなかった。
対するフリードリヒもまたウィル家に引き取られた。
彼の場合は事情が少し違う。母親を病気で失ったため、院に養護されていた。そこでローレンと出会い、しばらくして本当の父親が見つかった。
その父親がウィル医師の年の離れた弟だったため、フリードリヒもウィル家の門を潜った。
結局、再び同じ屋根の下に暮らすことになった二人は、相変わらず親友同士であった。
自分達を引き取った大人は、さして変わらない日常を歩んでいる。
唯一の拠り所であったはずの当主と夫人も殺伐とした忙しさから、二人となかなか顔を合わすことができなかった。
上流家庭の仲間入りをした頃のことを思い出し、フリードリヒは食卓に自分の父親が来たことに気付けなかった。
和んでいた空気が一変し、お喋りをしながら配膳していたメイド達が急に静まった。彼女らはそそくさと準備を進め、あからさまにこの場を離れたいように見える。
困り顔のウィル医師と夫人がいた。ローレンは自然と端の席に移動した。それから、フリードリヒの方を見やった。彼は視線の意味を解し、慌ててローレンの隣の席に着いた。
長いテーブルの上座に、当主と夫人、それからその兄弟達が座った。
一番扉側に近い下座には、ローレンとフリードリヒが当たり前のように座っている。
そのことにウィル夫妻は何か言いたげにするものの、親類は反応を返すことは無い。彼らの子供たちもまた、平然な顔をしてスープを飲み始めていた。
二人の少年は細々と隅で食事を続けた。
下町で暮らしたときに比べれば、破格の料理だ。なのにちっとも美味しくは感じられない。
いつも通りの、陰険な朝の光景だった。
第十四話:ローレンとフリード…END
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