黒眼のオニキス…二幕 エゴイスト・05
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 ルーファスの隊から出て既に二週間。キアナ達の前には、目指していた終着点である軍用研究所が聳え立っていた。
 戦火とは無関係そうな傷の無い建物は、まるで捕虜収容所のように高圧電流の流れる鉄柵が周りを囲まれている。
 唯一たった一つだけある出入り口のゲートは何層も続いており、そのどれもがそれぞれ違ったIDを必要とするようだ。
「堅牢な監獄みたいな所だな」
 研究所を見たキアナは眉を微かに顰め、そう呟いた。
 隣に立っていたオニキスは、ちらりと横目で彼を見たが黙って第一ゲートへと近づいていった。

 オニキスの後を追ったキアナは、奥に見える景色に首を傾げた。
「何だか見たことがあるような……」
「研究所は総司令部の敷地の裏にあります。ご存知ありませんでしたか?」
 はっとしてキアナは目をよく凝らしてみた。
 確かに研究所の向こう側に兵舎や滑走路が目に入る。司令部の置かれている建物も薄っすらとだが見えた。
 キアナはルーファスの部隊に配属される前に、この総司令部に何度か訪れたことがあった。その時の記憶と視線の先の景色は合致している。
「もしかして地下で繋がっているのか?」
「はい。研究所は爆撃に供え、ほぼ地下シェルター化していますので」
 慣れた手つきで操作盤を押すオニキスは、繋がった回線口で自分の帰還とキアナの来訪を中に知らせた。


 IDを内臓しているオニキスの後に続き、キアナは第四ゲートまで潜り抜けた。ようやく建物の側まできた二人の前には、数人の軍人と研究者が待ち構えていた。
「ローンウェル伍長だな。総司令部より連絡は受けている。ご苦労だったな」
 その一団の中から一歩歩み寄ってきた軍人は、口の端をつり上げてキアナに労いの言葉をかけた。
 好きではない笑い方だと内心で思いつつ、キアナは敬礼を返して特務の内容を復唱した。
 軍人がその確認をすると、控えていた研究者達がオニキスの側に近づいてきた。どうやらこのまま中へと連れて行くようだ。
 一介の兵士でしかないキアナは、これ以上内部へ進める権限がない。オニキスが何をされるのかは分からないが、去っていこうとする背中に不安が過ぎった。

「あの、質問宜しいでしょうか?」
「何かね伍長」
 怪訝な顔をする上官をキアナは少しだけ睨みつけていた。
 普段は身につけない軍帽のおかげで、表情が隠されていることを見越してだ。
「LN-01の戦果は我が隊にとって非常に助けとなっておりますが、この度は何故研究所に戻すように言われたのですか」
 遠巻きの質問の意味を相手は理解しているのかいないのか、答えはすぐには返って来なかった。
 キアナはじっと男を見つめながらも、視界の端で困惑した様子の研究者達と無言で佇むオニキスを捉えていた。
 どうやら彼らは男の命令がなければこの場を立ち去れないようだ。少しばかり足止めになったのだろうかと考えていると、男の嘲笑う気配を感じた。
 浅黒い肌と高い背丈、軍人らしい屈強そうな体付きは威圧感を十分纏っている。その男が浮かべる笑みは、全て裏に思惑のある陰湿なものだった。
 属している軍隊の中で、キアナが最も嫌っているあのグレイ大将を思い出させるものだからだ。
「いいだろう。無事任務完了したのだ。少しだけならばわしの権限で、何をするか見せてやろう」
「閣下! 部外者を通すなんて、情報の漏洩にもなりかねません!」
 最初にオニキスに近づいた研究者が、男の発言に驚愕した様子で反論した。
 その言葉でキアナはぎょっと目を見張った。
 上官に口答えした研究者の態度にではなく、男につけた尊称に聞き覚えがあったからだ。
「構わん。研究所の責任者はわしだ。それに少しばかりアレにも外の相手をさせなくてはならんからな」
 笑う男。縮こまる研究者達。それをただ眺めている軍人達。本当の人形のように固い面持ちのままのオニキス。
 キアナはそれぞれを見渡し、男へと向き直った。
 軍服の襟に光っている階級章は大将位。キアナは今まで遠目でしか見たことがなかったが、オニキスの管轄は自分だと仄めかした言動だけで確信する。
 彼が、グレイ大将なのだ。


 戸惑っている研究者を引き連れて、グレイは第五ゲートを潜り抜けた。他にいた軍人達はどうやら警備の者らしく、それ以上中へは入ろうとはしない。
 彼らの階級章は自分よりも上だったため、キアナは随分と緊張した面持ちで足を進めていた。
 隣にいるオニキスは、じっとそれを観察するように眺めながら歩いていた。先程から一言も喋らない。
 研究所ではいつもこんな風なのだろうか、とキアナは彼を横目で見ていた。
 しかし、ふと別の視線を感じた。
 オニキスはこちらを見向きもしないため違うのは分かった。
 そろりと顔を上げると、グレイが探るような目で二人の様子を眺めていることに気付く。
 慌ててキアナは前方へと顔を向けた。
 第六感のような感覚だったが、グレイにオニキスと多少なりとも親しいことを知られてはいけないような気がしていた。



 内部へと招待されたキアナは、すぐにオニキスと引き離された。
 彼は研究室へと連れて行かれたようだ。
 キアナはそのままグレイに連れられ、薄暗い通路を真っ直ぐと歩かされた。
 固い軍靴の足音が二つ分響く。キアナは背中に脂汗が浮かんでいることを感じた。

 研究者は先程オニキスを連れて行ったため、この回廊にはキアナとグレイしかいなかった。
 南軍を操っていると言われる、稀代の将軍であるグレイ大将。
 その彼が、目の前を歩いている。
 気さくに笑う様子は懐の大きい人間であるようにも思えたが、慕っているルーファスが嫌悪感を抱いているであろう人物をキアナは好きにはなれなかった。
 実際に言葉を交わしてみても、腹の底では何を考えているのか分からないと余計に警戒心がもたげた。
 そんな彼の誘いに乗り、グレイの手の内にある研究所内に入ってしまったことをキアナは少しばかり後悔した。
 しかし、今更引き返すわけにはいかなかった。
 何処よりもオニキスに関する情報が多いこの場所で、キアナはより真実に近づくことを決めたのだ。
 肩にかけてある愛用のライフルのベルトを握る手を、彼は無意識に力を込められた。


 やがて通路の右側の壁がガラス張りになった。
 施設が地下にあるというのは本当のようで、一階にあたるこの通路から広い研究室が見下ろせた。
 キアナはグレイに促され、ガラスの前に立った。
 最新鋭の機械の数々が並んでいる部屋は、配線と回路で埋め尽くされており、何らかの操作をする度にそれらの内部の電気信号が蛍のように煌いた。
 それらを見回したキアナは、中央の作業台にオニキスが横たわっている姿を見た。
 彼は何の感情も浮かばない黒眼で、研究員も見学しているキアナとグレイにも視線を向けず、ただぼんやりと遠い天井を眺めていた。
 忙しなく動いている人々はオニキスのために働いているはずなのだが、彼は全く意に介さない。寧ろ、別の考え事をして、早く終わらないかと待っているようにも思えた。
「ここはLN-01専用の調整場所だ。あの兵器にはこのように莫大な費用がかかっている。だからこそ、君の部隊も助かったろう? ただ消費するだけの雑兵だけでは戦は勝てんからな」
 呆然とガラス窓の前に佇んだままのキアナに、グレイは苦笑交じりで言った。
 補給も満足にならない自分の部隊とオニキスの扱いについてキアナが愕然としたのだろうと思って吐いた言葉だった。
 だが、キアナが思ったのは自分達のことではなく、研究所に入る前のオニキスとの短い会話のことだった。

『堅牢な監獄みたいな所だな』

 ――あの時、オニキスはどんな気持ちでその言葉を聞いていたのだろう。
 キアナは唇の端を噛み締めた。
 道具であれと囁く人々。最強の兵器であれと命令する人々。人の形を取らせながらも、人のように振舞わせながらも、同じものとして認めぬ人々。
 そんなものでしか構成されていた冷たく広く、無機質な部屋。
 LN-01という世界でたった一つの人型兵器をただ生かすためだけの、滑稽な作業場。
 ここはオニキスという心を壊そうとする、孤独な機械の牢屋でしかないのだ。


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