絆の森
<第二話 森の中で・2>

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 視界を逸らした直後、慌てた様子のクゥナが急いで降りてきた。
 突然の知らせにランスは耳を疑った。
「まずいよランス! 他の人間と鉢合わせになる!」
 カイナもそれに焦ったのか、一旦ランスの所まで戻ってきた。

 どうやらここからでは見えないようだが、ストレィの向かっている方向から他の迷い人が来たらしい。
 彼女と同じような境遇ならば、二人で森を抜けてもらえばいい。しかし、新たなる侵入者の方は複数。全員が男で銃器を携えている。ストレィが、森の外で鉢合わせになりそうだった追い剥ぎたちだろう。
 このままでは彼女の身が危険だ。獣達がそいつらを倒したとしても、ストレィはその現場に居合わせる破目となる。完全に獣に対して怯えている彼女のことだ。恐慌状態になり、森の中へと逃げてしまうだろう。
 道を教えた犬とはぐれなければまだ良い方だが、こちらが見失ってしまった場合は外に出られる保障が一切無くなる。
 仲介に入るランスがいないため、森の民は容赦をせずに異物を排除するだろう。

 それは彼自身、絶対に避けたいことだった。
 恐怖心からでも森を気にかけてくている人を、家族のような森に殺される。それを知っているのに、黙って見過ごせるわけがない。
 本心では人間達を傷つけたくはないと思っているが、多くの人間が彼女のような人ではないことはランス自身が一番良く知っている。しかし、獣に食い荒らされていることを知ったとき、彼の中に雷のような衝撃が走っていた。
 それでも今は仕方のないことだと理解はしている。森が自衛をしなければ、人間達はどんどん生態系を壊すことになるだろう。外の世界から来た自分には、痛いほど良く分かる。

 重なる思考を振り解き、現実問題をどうするか考え始める。本当は考えている暇も惜しい。だが闇雲な行動もできず、必死に頭を動かす。
 いくつかの選択肢が思い浮かんだが、自分で決めるには決定打が足りない気もした。
 ランスは二人の前に掌を出した。
「一つ、先回りして侵入者を誘導する。二つ、とりあえず彼女に状況を伝えておく。三つ、面倒なので彼女を森の外まで強制送還する。四つ、危険を承知で俺が侵入者を倒す」
 親指から次々と指が曲がっていき、最後に小指だけが突っ立っている。
 付け加えのように「私的に一番と四番の併用希望」と、おどけて言った。

 ランスとしては、ストレィが自分の足で帰ってほしいのだ。彼女は律儀に約束を守ってくれる人なのだと、ついていくうちに確信していた。だからこそ彼女の意思で出て行ってほしい。
「あたしは……ランスが危険な目にあってほしくないよ」
 申し訳なさそうにクゥナが目を伏せた。
「私もそう思います。でもランスさんの意見にも同調できますわ」
 力強くカイナは頷いた。クゥナもそれに従った。
 二人とも彼の自由意志に任せると言った。



 音をたてずに森の中を疾走する。
 鞘に納めたままの短刀を手に、ランスは男達の側までやって来た。
 自分の髪の色が緑で助かった。森に紛れているため、彼らは全く気付いていない。
 人数は五人。黒く長いライフルを背負っている。
 それを見て、ほっと息をついた。

 彼らは動物の毛皮などが狙いの密猟者だ。万が一でも獣達が先走っていたのなら、返り討ちにあっていたかもしれない。
 だが安心はできない。自分の身の危険のことも考えると、少しはましな装備していかなくてはいけないだろう。
 ポーチの中を探りながら、色々と模索していく。銃器を持っていることは予想済みだ。ならば何を使おうか。
 考えながら探る手が、不意に止まった。
 ランスは持参した道具の中から金属の塊を取り出した。磨いたので錆は少ない。円の中央には取っ手がついていて、大樹海の中では不釣合いな無機物――いわゆる鍋の蓋だった。

 男達がストレィの視界に入る前に、何とかしなくてはいけない。
 焦る気持ちを落ち着かせようとランスは深呼吸した。そして間合いを計る。
 ランスは木に上っていた。
 男達の眼前に飛び降りるためだ。
 そしてその時は、さほど待つことなくやって来た。

「ごあっ!」
 突如として一番先頭の男が、しゃがれた声を上げた。
 何事かと、残りの四人が一斉に男の方を向く。先頭の男の顔と目が合った。
 男が仰け反っているのだと気づいた時には、彼の体は斜めに崩れていた。
 近くにいた者は彼の顎に奇妙な赤い痣があることに気付いたが、驚く暇もなく大柄な男に隠されていた向こう側がゆっくりと見え始めた。
 薄い緑の髪の少年が、にやりと笑っていた。

 昏睡した男の体が地面にバウンドする。茂みの中に倒れたため、騒がしい音がたった。
 音に気をとられた一人が同じように地に伏せた。最初の男の上に折り重なる。
 やっと事態を把握した他の者は、足早に逃げる少年の後を追いかけた。走っている間に銃弾の装填をした。



 倒れた男の姿は、うまい具合に草に隠されている。
 歩き通しで疲れの色が見えるストレィが、犬について側を通過した。
 彼女は全く気が付いていない。流れ出す汗を拭いながら、しっかりと歩いている。

 無事に去っていく姿を確認したクゥナは、安堵の溜息を吐き出した。
「冷や冷やしちゃった。夏にはちょうどいいかな」
 戻ってきたカイナに同意を求めた。彼女の後ろには数匹の獣が控えていた。
「お疲れ様。では、あとはよろしくお願いいたします。向こうはランスさんに任せていますので」
 小さな体を前屈みにし、礼をすると獣たちも頷いた。
 二人はその場から飛び立った。


 襲いくる銃弾を、鍋の蓋で防ぎながらランスは走っていた。
 結構情けない格好だな、と軽くぼやきながらも彼はしっかりと男達との距離を十分取ることを忘れない。
 地の利はこちらにあるため、男達とランスの距離は決して縮まることはなかった。

 発砲音が響いてしまえば、ストレィに感づかれてしまうとランスは少しばかり危惧していたが、相手は密漁者だ。獣に逃げられないためのサイレンサーがついている。
 それを見越したランスは、先程己の姿を曝け出す方法に出たのだ。
「薬莢の後始末は誰がすると思っているんだよ、っと!」
 足元ぎりぎりを掠めていった銃弾に冷や汗を流しながら、ランスは頭上の細い木の枝を掴んだ。そのままの勢いで鉄棒のように回り、枝の上へと飛び乗った。
 一瞬で姿を消した少年に驚き、男達は足早に近づいてきた。

 ランスは荒れた呼吸を落ち着かせ、鍋の蓋を持ち直した。
 無遠慮な足音で、男達との間隔を感じる。そして最初の攻撃同様、頭上から飛び降りた。
「てめぇ!」
 男はライフルの引き金を引こうとしたが、ランスは銃口よりも内側に入ってしまっている。気付いた男の額から、脂汗が流れた。
 短刀の柄で鳩尾を強打すると、男はランスに圧し掛かるように倒れてきた。
 腕と横腹の隙間から、後ろにいた男達が発砲しようとしていることを確認する。
 彼らに男の弛緩した体を押し付け、強制的に構えを解かす。
 怯んだ所を見逃さずに、強烈な蹴りで一人を地面に転がした。流れに乗って、隣の男には肘打ちをお見舞いした。




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