絆の森
<第一話 風の手紙・3>

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 小一時間ほど経ち、一行は小川で休憩をとっていた。
「ドゥライセンはこれが何処から来たか、知っているかい」
 多分これが何か解らないだろうけど。
 ランスの予想通り、ドゥライセンは二度ほど首を横へと揺すった。
 息をゆっくり吐き出して手紙を頭上にかざして見入る。光によって封筒は微かに透けた。中には二つに折られた便箋がある。長方形のそれは無地のようだ。模様は何もない。
 ほぼ中央には文章が書かれている。読みやすく綺麗な字体だった。
 文面を見るのは失礼だろうと考え、深めのポケットにしまいこんだ。
 一息ついたところで、ドゥライセンは走り出した。大樹海を北へと進み続けた。

 新たに現れた岩壁の前で、ランスはドゥライセンから降りた。
 今朝までいた場所とは違って、金茶色の壁は森に埋もれるように佇んでいた。陽光に煌く巨大な柱。よく見れば岩肌の向こうに、虫や植物が当時の姿のまま時を留めていた。
「でっかい琥珀だねぇ。初めて見たでしょ?」
 周りの音という音が消え去る。楽しそうなクゥナの声も聞こえないランスは、巨大な琥珀の塊を仰いでいた。翡翠と琥珀の光彩がぶつかり合った。
 感嘆とした気持ちが迫り上げ、思わずありきたりな褒め言葉を呟いていた。陳腐な表現しかできない自分が歯痒い。
 生返事すらしなかったランスに対して、嬉しそうにクゥナは苦笑を浮かべた。
「素直じゃないですわね、クゥナ」
「な、な、何が!」
 意味も無く手をばたばたして赤くなる彼女がおかしくて、カイナも微笑した。

 その時、黒い影が辺りを覆った。
「すごい……。尾白鷲じゃないか」
 ランスは後ろに倒れそうになりながら首を巡らせた。全長が岩壁と同じくらいの鷲が、強い風を起こして旋回している。
 ドゥライセンの話だとこの辺りを境界に、生態系が徐々に変化しているらしい。琥珀の柱も、巨大な尾白鷲を見る限りではその兆候が窺える。
 荷物も降ろし終え、三人はそれぞれの行動を始めた。疲れたドゥライセンは岩壁近くの木陰で睡眠をとりだしていた。

「ちょっといいかな。化石燃料が採れる地質の場所を知らないか?」
 ランスはランタンの燃料を探していた。同じ場所に住み続けると資源を使い過ぎてしまうため、生態系が著しく狂う。そのために時折大移動をするのだが、地理が皆無になってしまう。
 だが不便だと感じたことはなかった。新しい土地を探索することに、不安よりも好奇心の方が勝っていた。
 若木に道を教えてもらい歩いていく。
 道中、ある事柄をランスは思い出していた。

『ユニステ二番地・ティアル様』
『ユニステ三十四番地・ミヤ』

 受取人と送り主。
 何の変哲もない手紙に、何かが引っ掛かった。
 名前から二人とも女性だろう。ランスとは無関係の場所で生活していた国の人。しかし、どちらの住所も森に来る以前に聞いた覚えがある。
 人間関係が淡白だったおかげで、国には知り合いがいないに等しいから個人宅ではないのだろう。とすると公共施設ということだ。
 そこまでは考え付くが、何が建てられていたのか謎のままだ。
「普段の使用はおろか、通りがかったりもしない場所……か」
 固い地盤の場所に辿り着いた。
 木の根に当たらないよう、慎重に探りながら掘っていく。必要のない土の塊は次々と見つかった。

 化石燃料は燐を多く含む、希少価値の高いものだ。ユニステでは極一部の人々が独占使用している。
 そのため国民の中には、化石燃料という物があることすら知らない者も多い。
 本来は採鉱場などで採られているが、大樹海の地層にも多数含まれていた。
 ランスはスコップ代わりの木切れで無心に掘り続けた。硬いものにぶち当たると慌てて引っ込めて、今度は手で静かに土を除ける。
 拳大の青白い石が出てきた。被っていた土をきちんと掃い採り出した。奥にはまだ三つほど埋まっている。
 最初の一つを丁寧にポーチにしまうと、残りも同じように丁寧に採った。

 次に、穴を埋める作業を始めた。掘る前とほとんど変わらない状態にしなくてはならない。
 良い運動だなぁ、とランスは呟いた。
 服は汗ばみ、額からも流れていた。手の甲で拭ったため、土の跡が顔についている。
 ほどなく、平らな地面ができあがった。

 満足げに立ち上がった瞬間、突風が背後から襲ってきた。さっきの尾白鷲が、低空飛行で通り過ぎたのだ。情けない声を上げてランスはひっくり返ってしまった。
 しこたま打ち付けた顔を擦りながら頭上を見た。
 鷲は獲物を探しているのか、琥珀の柱を軸にして旋回し続けている。強い風が何度もランスの体に叩きつけられた。
「台風じゃないんだから! こんなに風が――」
 思わずこぼした愚痴にランスは気が付いた。

 手紙はユニステから流れてきた。風で飛ばされるには距離が遠すぎる。自然の、風の場合は。
 例えば突然の突風に煽られ、常ならず遠くへと飛んでいったとしたら。
 獲物と間違えて巣まで運んでいってしまったとしたら。
 そしてそんなことが行えるのは。
「鳥だ……」
 すぐさまランスは走り出した。重くなったポーチが邪魔だった。


 三人と一匹が再び顔を合わせたのは午後になってからだった。
 昼食には妖精の二人が採ってきた木苺や柑橘類を食べた。朝から走らせていた白い獣には、五日前に作った干し肉を食べさせた。
 一通り落ち着いてから、ランスは手紙が流れてきた原因を語りだした。
「もしかしたらと思って尾白鷲に聞いてみたんだ。案の定、彼は手紙のことを知っていた」
 尾白鷲は家族で群れる。この辺りは縄張りなので、父親が常に飛んび回っていた。
 彼の子供は普通の猛禽類と大差ない大きさで、自由に何処かへと遊びに行ってしまうらしい。
 そして先日帰ってきた子供たちは、人間の国まで行ってきたと言っていた。途中で変な四角い物を拾ってきたのだが、森の途中で落としてしまったのだという。

「やっと出所が分かって、ここがすっきりしたわ」
「そうですわね。一件落着です」
 胸を指すクゥナに同意を示すカイナ。ところがランスは、まだ何か納得していない様子だった。また手紙を透かして見ている。
 午後の強い日差しに文面が浮かび上がる。
 ランスは目を見開いた。突然閃いたように、合点がいった。
「葦で作った紙っぽいの。どこに入れていたっけ」
 皺のよっていた眉は柔らかく和み、表情は打って変わった。
 悩んでいたのが嘘のようだ。途端に少女たちもますます明るい面持ちになった。
 二人はふざけあいながら、簡単に作られている鞄の中を捜索していく。その間にランスは木炭を細く削いでいた。
 岩壁の平べったい場所を探し、差し出された薄い紙のような物を乗せた。ずり落ちないように片手で押さえ、不安定ながらも人間特有の文字を次々と書き出す。
 三行ほど書き終えるとそれを紐で結わえる。筒状になった。その筒を持つとランスは大声で叫んだ。
「これ! 拾ってきた場所に返してきてください!」
 渾身の力を込めて空中に筒を投げ出す。黒い影が駆け抜けていって、筒は地上に落ちてこなかった。
「ランス? この手紙じゃなくっていいの?」
 クゥナは擦り切れた手紙を持ち上げた。
 小さく微笑んでランスはそれを摘み上げる。そしてゆっくりと封を開いた。



「ミヤちゃん、何を書いているの?」
「ちょっと、友達に手紙を送ろうと思っているの」
 白いシーツの上で横になっている少女は、チェストに寄りかかっていた。側には飾りっ気のない無地の紙が置いてあった。白い長方形には模様もない。内容も、まだ書き出していないようだ。
「三週間前にも出したの。四度目だったけど、やっぱり届いてないみたいで」
「そうなの。じゃあお邪魔かしらね」
 白い看護服を着ている女性は窓とカーテンを開いた。冬にしては比較的に温かい風が部屋に入り込んだ。頑張ってね、と声をかけて女性は部屋を後にした。
 完全に扉が閉まるのを見送ってから、少女は便箋に几帳面な字を連ねだした。
 前回の内容と一字一句間違えぬように慎重に。


『ティアルちゃんへ。
 お元気ですか?
 ティアルちゃんに会えないのは悲しいです。でも、ティアルちゃんのことを忘れたときはありません。
 それから――……』


 かたん。
 窓際に何か軽い物が落ちてきた。音に気付いた少女は筆を置いた。体を反転させて、窓を視界に入れる。冬晴れの青い空が広がっていた。
 視線を少し下げると、床の上に筒状になっている紙のような物があった。
「なんだろう?」
 しっかりと結わえてある紐を解く。中には黒い煤のようなもので文字が書かれていた。宛名には『ユニステ三十四番地・ミヤ様』とある。
 訝しげに少女はそれを読み出した。

 羅列を追ううちに、彼女は息苦しくなっていた。
 熱い雫が頬を伝い、ベッドの上に染み渡った。どんどん溢れていくうちに視界がぼやけた。
 読み終わった瞬間。彼女は手紙を抱きしめた。
「もう、書かなくていいのね? ティアルちゃん」
 やがて嗚咽が漏れ出した。彼女は穏やかな笑顔で、ずっと泣いていた。


『それから、私はしばらくそちらにはいけません。もうちょっとだけ、病魔と闘ってみようと思います。
 ティアルちゃんが見られなかったものをたくさん見て、それをいつかお土産にしたいです。もしかしたら十年以上かかるかもしれない。けれど私は後悔しないでしょう。
 寂しい思いをさせてしまってごめんなさい。
 折を見て、いつかお墓の方に顔を出します。その時はいっぱい話したいです』


「……『ミヤより』」
 落ち着いた低い男の声が朗読を終えた。
 便箋を折って、封を閉じる。木漏れ日はのんびりとした時間を強調するように降り注ぐ。
「今頃、届いているかな?」
「届いていますわ。きっと」
 クゥナとカイナは空を見上げた。背後では琥珀の壁が、西に傾きだした太陽に照らし出されていた。
「あの手紙になんて書いたの? ねぇランス?」
 眩しそうに目を細めるランスは、わずかに微笑んだ。笑ったまま何も言わなかった。


『ありがとう。いつでも見守っています。   ティアルより』




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