ぼ く ら の 日 常
焼き芋でもしようかと提案したのは勘右衛門だった。
その日は偶然、いつも事務員の小松田さんが丁寧に掃いてくれる正門前の掃除をしていた五人組は、集めた枯れ葉の山を前にして、さてどう処理しようかと思案していた。
ちなみに、小松田さんは先刻学園から出て行った学園長の知り合いが出門表にサインしていなかったらしく、全速力で追いかけていってしまった。
普段からあの力を発揮できていればと毎度思わなくもないのに、とたまたま現場に居合わせてそれをぽかんと見送ってしまった五年生らはそれぞれ違う印象を抱きながらも、大概がそのような結論に辿り着いていた。
放られた竹箒がぽつねんと寂しげで、特に急ぎの用事があるわけでもない彼らはどうしようかと互いの顔を見合ったりもした。
しょうがない、と困った風に笑って最初に進み出たのは雷蔵。
流石はお人好し。ここでは悩まないのが彼の美徳だと、冗談交じりで苦笑したのは三郎。
じゃあ俺も手伝いとはっきりした声を上げたのが八左ヱ門で。
このまま放置だと風でどうせ散らばってしまうだろうと溜息を吐いたのは兵助。
そして、暇だし俺も、と続いた勘右衛門は、何処からともなく芋を五つ取り出すなり古紙に包み始めていた。
「……勘ちゃん一つ質問。それ、どっから持ってきた?」
「企業秘密でーす」
「いやまさか食堂からくすねてきたとか言わないよな? 命に関わるぞ」
「んな危ない橋渡らないよ。ばれたら地獄の底までおばちゃんに追っかけられそうだ」
「俺からも質問。準備良すぎねぇ?」
「いやー秋も深まってきたところで、折角だし風物詩を満喫したいという……」
「お前の場合は食欲の秋限定だろ」
「鉢屋にはやらん」
「尾浜君は友達思いで僕だーいすきだよー?」
「三郎、喋り方気持ち悪い」
そんなことを適当に喋りつつ、小突き合っていた彼らは放り込まれた芋を見送ると、勘右衛門の言った通り深まる秋の色を感じさせる天高い青を感慨深げに仰いだ。
鱗雲が散らばった青空。
日が傾いてきたため、少しだけ金色交じりの色彩に目を細めて兵助がぽつりと呟いた。
「……そろそろ六年生かぁ」
賑やかに噛み付き合っている三郎と勘右衛門がぴたりと動きを止めて、二人揃って長い黒髪を見やった。
倦怠気味な溜息を吐き出している兵助が珍しいらしくて、恐る恐る窺うような仕草がそっくりになる様子は端から見れば面白い――と穏やかな顔で雷蔵は小さく笑う。
「そうだねぇ。もうすぐ冬が来て、進級審査があって春休みが終われば……あっという間だ」
「うぐ、感傷的な気分に浸れる前に最大の難関を思い出しちまった」
しみじみと呟く成績優秀者の隣で、八左ヱ門が居心地悪そうに顔をげんなりさせて俯いた。
実地試験は問題ないと信じたいが、補習授業の宿題とオトモダチである彼としては通信簿に書かれている総合評価が気になるところなのだ。
それは勘右衛門も同じことで、泣き笑いのような顔をして逞しい肩をぽんぽんと優しく叩きながら項垂れた。
「そんなに悪くないだろ?」
「いやいや、兵助。人馬失敗という黒歴史のある俺としてはもの凄く重要なんだぜ」
慰める気持ちは毛頭ないが、勘右衛門の成績はさほど悪いわけではないことを知っている兵助としては事実を事実として言ったまでだった。が、勘右衛門の古傷は根深いらしい。
一気にテンションががた落ちしていく勘右衛門を、呆れた目で見ていた三郎は肩を竦める。
「これじゃあ来年で最上級生とか思えないな」
幼い頃からのじゃれ合いがそのまま延長してきたようなやり取りに思わず出てきた感想だったのだが、ある意味最も的を射ているようだ。
隣にいた雷蔵は同意を示し、秋空を眺めながらほんの少し遠い眼差しになった。
「ずっと一緒だったからさ、何か夢みたいに現実味がないよね。来年、先輩達がいなくなって僕らが六年生で――もう一年経てば、卒業なんてさ」
実際その時がこなければ寂しさだとか、将来への不安と希望だとかは感じられないのかもしれない。
今だって、ここで五人ふざけ合っている日々がずっと続くものだと意識の半分では信じてしまっている自分がいることに、彼ら自身気付いている。
でも、残りの半分はきちんと現実を見据えているのも事実。
雷蔵の言葉に長い沈黙が落ちた。
近い未来で、必ず別れの時がくる。沢山の先輩達を見送ってきて、最も長く共にいた六年生達もまた旅立ちの日まで半年にも満たない。
それでもやはり未練がましくある。
生まれて十四年しか経っていない年月の中、五年間という数字だけを見ればたいしたことのないように思える。
けれど十で学園に来てからのその五年間は最も濃密な日々の連続であったのは言うまでも無く、多感な成長期を毎日仲間と共に過ごしているのだから卒業してしまえば喪失感が胸の内にぽっかりと穴を開けるのかもしれない。
予想などではなくきっとそれが現実だろう。
「……まぁ、先生の罠にかける気満々なテストと毎回顔を合わせなくなるっていうのはいい事だよな」
「私はあれ、結構楽しいと思うんだけど」
身体から緊張を抜き去るように気の抜けた吐息を漏らした勘右衛門に対して、兵助は首を傾げてみせる。
どうやらい組で毎度お馴染みとなりつつある先生対生徒の構図は、意外と勉強好きな兵助にとってはお楽しみタイムにも等しいらしい。
それを知ってげんなりした勘右衛門だったが、兵助の立派な答案をカンニングさせてもらったことのある手前、文句が出ようはずもない。
「お前ら、まだあれやっているのかよ。先生にしばかれねぇのか?」
一度やって味を占めたのかと、呆れて眉尻を下げた八左ヱ門に、三郎が指を振って不敵に笑って見せた。その仕草がまた感に触るのだが、わざとやっているのは皆分かっているので特に言及はしない。
というより、基本的に構ってもらいたがり屋の三郎に余計なつっこみを入れるのも面倒だというのが長年の付き合いの中で彼らにある共通の結論だったりする。
「ふっふっふっ八左ヱ門君。忍たる者ばれなければいいんだよ、ばれなければ」
そう言って変装名人たる少年は偉ぶってみるのだが、彼の相棒の一声によってそれも呆気なく崩されてしまう。
これも毎度のことである。
「うちではやらないよねー。学級委員長が案外正義感強い一面があってさ、不正は阻止! 成績は実力でもぎ取れ! って言うもんね」
「あ、言う言う」
あくまでのんびりと穏やかな口調である雷蔵だったが、敢えて誰とは言わないところに針でちくちくと刺されるような感覚を覚えるのは三郎以外ではなかっただろう。
八左ヱ門だけが能天気に明るく同意を示して、うんうんと頷いているのが一層シュールな構図だった。
「ほら、まあ……うちはうち、よそはよそだよ」
雷蔵の笑顔を直視できないまま、三郎は自分を納得させながら明後日の方向を眺める。
相変わらず勝てないんだ、とい組の二人が目配せさせながら苦笑を滲ませた。
そろそろいい塩梅に芋が焼けてきた頃だ。
勘右衛門は適当な枝で枯れ葉の山を突付きながらかき回す。ごろりと現れた焼き芋を外へと出して、火が通っているか確かめた。
ほくほくとした湯気が炭化した古紙の間から立ち上り、八左ヱ門と二人で歓声を上げる。
無邪気な二人を眺めつつ兵助が消火用の水を火にかけると、立ち上っていた黒煙は盛大な音をたてて鎮火していった。
そろそろ退散しなければ、勝手に焼き芋大会を開いていたのがばれてしまうだろう。
どうせ煙が上がっていたのだからそれは当然だったのだが、五つしかない芋を見られて欲しいとせがまれては困ってしまう。
下級生のちび達にはくれてやっても良いのだけれど、それにしては数が足りないし――。
「六年生と学園長に見つかったら面倒だし?」
「そうそう」
「だよなー」
からからと笑いながら、五人はそれぞれが秋の味覚を頬張る。
ほろ甘さが深まる季節を顕著にしていたのだけれども、誰一人何も言わずに暮れてきた空を再び見上げた。
せめて、時の流れに抗うことなく願うのは。
――来年も、皆でこんな風にいられますようにと。ただそれだけを真摯に祈るのみ。
五年い組の日常→
2013/02/10(発行:2010/10/10)
←Back