困惑するマドナッグを余所に、シュウトは嬉しそうに笑った。
 上げたままの腕をのろのろと下げたマドナッグは、じっと自分の掌を見つめる。

「ありがとう、マドナッグ」
「え……?」

 初めて聞いた言葉に、マドナッグは戸惑った。
 知識として知っていた感謝の言葉を人間の口から聞くなんて、思っても見なかった。
 シュウトは傾いたマドナッグの体を戻し、強く頷いた。

「助けてくれたから、ありがとう」

 無条件で送られた、たった五音の言葉。
 それが浸透して、ソウルドライブが不意に熱くなったような気がした。
 その現象はキャプテンに救い上げられた時と同様で。マドナッグは自分の胸元を摩った。



 ジェネラルの攻撃は激しさを増していく。
 たった二つの腕に翻弄される戦場は一方的なものだった。
 さらにジェネラルは足りない食欲を満たすかのように、デスレインのエネルギーを大地から吸い始めている。伸ばされる赤い棘は、次元の壁さえも突き破った。

 全ての次元の敵。
 それが彼の者の忌み名だと、マドナッグは聞いていた。
 だからこそ自分はジェネラルに破滅を導かせて、世界を滅ぼそうとしていた。

 けれど今の自分にはそれができるだろうか、と彼は自問した。
 頑なだった憎悪の形は、すでに霧散しかけている。
 助けられたこと。必要だということ。与えられた、温もり。欲しくても手に入らなかった今までを取り戻しすように、それらはマドナッグに与えられた。
 ――だから、分からなくなった。


 マドナッグは、頭上高くで不気味に瞳を光らせる魔人を再度見上げていた。
 キャプテン達は腕を相手に奮闘しているが、純度の高いガンダミウムで出来ているジェネラルの身体には半端な攻撃では通じない。
 彼等を苦しめているその装甲を作り上げたのは他の誰でもないガーベラだった。
 再び、マドナッグに重苦しいものが込み上げる。

「元気丸っ!」

 隣でシュウトで叫んだ。
 攻撃を避けるために動くガンバイツァーの遠心力に振られ、元気丸が地面に叩きつけられかけた。
 寸でのところで虚武羅丸に助けられたため無事のようだったが、マドナッグは離れていく二人の姿をじっと見つめずにはいられなかった。

「良かった……あの二人も和解したみたいだね」

 安堵の息を吐いたシュウトに視線を転じ、マドナッグは微かに首を傾けた。

「和解? 虚武羅丸とあの子供が?」
「最初は敵対してたけど、僕らとはぐれていた時に色々あったみたい」

 マドナッグが知っている虚武羅丸という忍者は、騎馬王丸にひたすら忠実で献身的な、ある意味で自分の意思がない愚かな男だった。
 利用価値のある騎馬王丸という男の駒。それだけの認識だったはずだ。
 けれど彼は選んだのだ。切り捨てられた騎馬王丸の元を離れ、新たな主と共に行くことを。

 ふと、マドナッグは戦場を見た。
 騎馬王丸が兵の指揮を執りながら、静かに自分の息子と元部下を見ていることに気付く。そこには見守るような温かみがあり、何の意図もない。
 マドナッグがいつも見ていた騎馬王丸の野心的な光は消え去っていた。
 騎馬王丸もまた自分の道を選び取ったのだと分かる。そのためには、かつて傅いたジェネラルに刃を向けることすら厭わないのだろう。

 それぞれの明日を勝ち取るべく、彼等は皆戦っている。
 ――では自分は。自分は、どうするべきなのか。
 考えたくない現実から目を逸らすように、マドナッグはきつく目を閉じた。




 戦況は相変わらず切迫していた。
 ガンダムフォースと共に戦っている天宮の兵士達も疲弊している。
 その時、戦場に緊張が走った。

 武里天丸を庇い、ゼロが体勢を崩した。ジェネラルの腕がそれを見逃さなかった。
 じりじりと攻めるように、指先が標的を指し示す。
 マドナッグを攻撃してきた時と変わらない様子で。獲物の顔が恐怖に染まる瞬間を楽しむように。

「マナよ!」

 続いていたリリ姫の祈りが、鋭く天に響いた。
 ジェネラルの閃光が走る中、彼女の声に導かれ白き精霊がゼロを守るかのように現れた。
 そして、白き騎士が、炎の武者が、少年と絆を通わせる機械が、悪魔の片手をとうとう粉砕した。



 当然のように守り、守られ、彼等は時に笑いながら立ち向かう。

 ありがとう。がんばれ。いこう。

 ありきたりな掛け声が飛び交うが、マドナッグはそれを嘲ることはできなかった。
 稚拙だけれども、何よりも心を駆り立てるのはその言葉。
 それを貰って涙が出そうになる自分には、笑える理由なんて何処にもない。



 片手を壊されたことにより、ジェネラルの懐まで入り込めることができるようになり、総攻撃が始まる。
 残りの手は宙をうろうろと彷徨っていたが、そこに仕込まれている瞳が、こちらを見ていることにマドナッグは気付いた。

 そして、ジェネラルが含み笑いを浮かべたことにも彼だけしか気付けなかった。

「うっわぁ!」

 シュウトはぐらつく荷台の上で、腕を突っ張らせた。
 ジェネラルの攻撃は激しくなり、明らかにガンバイツァーを集中的に狙っていた。
 支えられながら振動に耐えるマドナッグは、ジェネラルの意図に勘付いていた。

 キャプテンの持つオリジナルのソウルドライブを光らせ、力を与えているのはシュウトの存在。
 自分の持つもう一つのソウルドライブでさえ、キャプテンのそれに反応して共鳴してしまうことが間々ある。オリジナルの輝きが何をもたらすのか、未来で生まれたマドナッグでさえ分からない。
 無限の可能性がそこには詰まっているのだ。

 ジェネラルはそれを恐れている。
 もしかしたら自分の存在を脅かすものだと、聡明な魔人のことである。認識しているのだろう。
 けれどそれは、キャプテンとシュウトの絆を切り放すことだ。


「シュウト!」

 リリ姫が悲鳴のような声を上げる。
 マドナッグはチョビレロを代わりに寄越し、落ちたシュウトを見た。
 そして、絶句する。
 真剣な顔付きの彼は、それでも一瞬だけマドナッグに笑いかけたのだ。


「僕は信じている」


 まるでマドナッグの思考を見透かしたように、シュウトは言った。
 連れ去られる間際に、強い言葉で。




 キャプテンの悲痛な叫びが聞こえる中、マドナッグは動けずにいた。シュウトの言葉で金縛りにあったように、手が、体が強張っていた。
 連れて行かれるシュウトを見て、自分が宇宙に放られた時の事をマドナッグは思い出していた。

 彼は言った。
 信じていると。
 仲間が、助けてくれると。

 マドナッグもまた信じていた。きっと皆が自分を探している。だからもう少しの辛抱だと言い聞かせて、孤独な日々を送った。
 結局迎えはこず、ジェネラルと出会った。
 そして自分に、残酷な真実を教えてくれた。




 だけどそれは、本当の真実?




 マドナッグは徐々にエネルギーを喰らわれ、朦朧としていく視界の中で辺りを見回した。
 誰しもが傷付き倒れ、それでも足掻こうとしていた。
 キャプテンもゼロも爆熱丸も全身から力を奪われているというのに、シュウトの名前を呼び続けている。
 ジェネラルは彼等を嘲笑するように、シュウトの姿を幾つもスクリーンに映し出した。
 目を閉じて苦しむ少年の姿に酔いしれるように、ただ唸っていた声を楽しげなものに変えていた。

 マドナッグはその様子に瞠目する。
 ジェネラルのコアは、まるで巨大なソウルドライブのようだと記憶している。無骨な歯車が並び、真ん中の球体は濁った闇のように轟いていた。

 あの中にシュウトはいる。

 けれど、彼を苦しめるような存在はスクリーンから窺って見た限りでは何処にもいない。
 叫び声を上げて何かから逃れようと身悶えする少年の周りには、ただ薄紫の闇があるだけで――。


「……ま、まさか……!」

 背中に薄ら寒いものが伝ったような気がした。
 あれは、かつてガーベラがキャプテンに用いたネガティブゾーンの原理と酷似している。否、まさにそのものだと言える。
 ならばシュウトが今見ているものは、どこまでも甘美で残酷な夢幻。
 じわじわと精神を疲弊させて己というものを失ってしまう暗闇の世界。


 かつて自分が見せられたものと同じ、絶望だけが映った世界――。



 ジェネラルは哂っている。
 世界を、心を、蹂躙する心地の良さに満足して。





「ソラへ」 04:Within cry of you (2005/09/15)

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