要塞の中から脱出した一行は、赤い悪魔の姿を見た。
 空へと連なる棘の塔。頂に据えられた頭が、群がる戦士達を無情に見下ろしていた。彼の巨大な手が宙を舞い、獲物を屠るために動き続ける。
 低い唸り声に、空気の振動を感じた。


「マドナッグ、しっかりしろ」

 キャプテンの腕に支えられながら、マドナッグは焦燥した瞳で暗くなった空を見上げていた。
 長い間ジェネラルの側にいた彼には、その唸り声が何を求めているのか察しがついた。けれど、魔人の望みを叶えられる唯一の者であったガーベラという存在は既にいない。
 ここにいるのは、自らの足を喰われた哀れな男だけ。

「……ジェネラルは、今なら何%の力を出せる」

 マドナッグの迷いを感じたのか、キャプテンは努めて冷静な言葉で尋ねた。
 優しさに戸惑いを隠し切れないマドナッグは、事務的なそれに安堵した。取り乱すことなく彼は声を発せられた。

「100まではいかないが、94%程度ならば次元の壁もろとも世界を十分消滅させられる」

 そう言い、マドナッグは自分の足だったものを見下ろした。
 足先があった場所はもはや完全に姿をなくしている。腰に近い部分は辛うじて残ってはいるが、焼け爛れて単なる金属塊に成り下がっていた。
 本来ならば、身体全てを持っていかれるはずだった。
 その全てを食べたジェネラルであっても、決して満腹だと喜ぶはずが無いことはガーベラであった彼はよく知っている。

 破滅をもたらす厄災は常に飢餓に苦しむ子供のようであり、欲望を終わらすことのない醜い精神を孕んでいた。
 けれど、マドナッグにとってジェネラルは神に等しかった。
 人間のように化かし合いをすることなく、影で誰かを嘲笑うこともなく、純粋に自分の心を曝け出す。
 だからあの出会いの日、迷うことなくこの手を伸ばしたのに。

 誰にも気付かれぬよう、彼は自嘲を浮かべた。
 今更ここにいていいのだろうか、と。恥の上塗りをしてばかりいる自分がとてつもない愚か者に感じた。

「了解した。すまん、シュウト。マドナッグを頼む」
「うん! 頑張ってキャプテン!」

 マドナッグはキャプテンに抱え上げられ、ガンバイツァーに乗せられた。自身で移動すら出来ない身体なのだから、これが一番安全だと判断したのだろう。
 不安げに瞳を揺らすマドナッグを受け取ったシュウトは、キャプテンに大きく手を振って叫んだ。
 発進した荷台の上から彼の背を追っていたマドナッグには、表情の動くはずが無いキャプテンが笑ったように見えた。

「大丈夫。キャプテン達の力を合わせれば、絶対負けないよ」

 そんなマドナッグを安心させるように、シュウトは笑顔を投げかけた。
 裏の無いそれは、かつて次元の狭間で出会った時の彼の真剣な表情を、ジェネラルの間に連れて来られた時の毅然とした態度を思い出させた。

 あの時、必死になってキャプテンに呼びかけた少年。
 敵に囲まれながらも決して弱音を吐くことなく、自分を睨みつけた子供。

 彼は確かに、自分を憎いと思ったはずの人間なのに。

「……貴様は、何故笑う」

 自然に浮かぶ笑みには裏が見えない。
 しかし人間に対して酷い疑心暗鬼に駆られているマドナッグは、それだけで安心することは無かった。
 裏が見えないのではなく、見せないようにしているだけではないのか。
 本当は影で助けた自分に対しての優越感に浸っているのではないか。
 そう考えなければ、彼は自分の心を納得させることができない。

 シュウトはその疑いの眼差しと言葉にどう思ったのか、一瞬だけ哀しそうに眉を顰めた。
 けれど笑みは崩れず、マドナッグの肩を軽く叩く。
 触れられた柔らかな人間の感触に、怯えるように背筋が強張った。
 それに気付きながらも、シュウトは宥めるように何度か叩いた。

「君が無事だったからに決まってるよ」

 唖然と自分を見返してくるマドナッグに、再度シュウトは笑いかける。
 不思議と、その言葉は胸に響いた。

 ガンバイツァーが荒い大地を走るたび、がたごとと二台は揺れた。二人の他にリリ姫と元気丸が乗っている。彼等は二人の会話を黙って聞いていた。
 ダークアクシズを指揮していたマドナッグに、ラクロアの王女も騎馬王丸の息子も怨恨を感じていないわけではない。
 しかし血反吐を吐くような叫びで告白した彼の過去を聞いた後では、その気持ちも薄れつつあった。
 裏切られた、と苦しげな悲鳴を上げたマドナッグ。
 彼の心の痛みを、二人は知っている。
 裏切りによって何かを失ったのは自分達も同じだった。

「避けるぞ! しっかり掴まっていろ!」

 突然、ガンバイツァーが急ブレーキをかけながら進路を変えた。
 魔人の指から発せられた閃光が、側を焼いた。

「っ……ジェネラル……」

 困惑していた思考を止め、マドナッグは再び顔を上げた。
 彼の主は、マドナッグがそこにいることを知っていながらも攻撃を仕掛けてきている。
 糧にならなかった部品は、もう壊されるしかないのだろうか。

 役立たずだからといって宇宙の闇に放られたあの日がフラッシュバックする。
 結局、あの身体の一部になることも出来なかった。自分は、何処に行けばいいのだろう。

「しっかり。貴方はここにいます。まだ必要な人なのです」
「そうだぞ。そんな顔すんなっ」

 よろけた背を少女の細い手が、溶けてしまった足元を子供の小さな身体が、それぞれ支えた。
 振り返った先の二人の顔もまた、シュウトと同じく何一つ諦めていない真っ直ぐな眼差しを返す。
 普段ならば何の根拠もない言葉に耳を貸すことも無い。しかし今のマドナッグには、砂が水を含むようにすんなりと彼等の台詞が内に入ってきた。


 何故、この子供達は私を――。


 その刹那、再びジェネラルの閃光が降り注ぐ。
 マドナッグの身体が何かに急かされるように、動いた。







「マ、マドナッグ」

 シュウトが驚いたように自分を見ていることに気付き、マドナッグは固まってしまっている自分の腕を見上げた。
 いつの間にかなくなった閃光の存在を訝しげに思いながらも、その腕の先を辿る。

「あ……」

 呆然と呟いた彼の手には。
 隠し武器として今まで出すことなく携帯していた、小型のビームライフルが握られていた。




 何故、この子供達は私を救おうとするのだろう。
 ――そして私は、何故彼等を守ろうなどと思えたのだろう。



 明確な答えがマドナッグの中に浮かぶことはなかった。





「ソラへ」 03:Am I still... (2005/09/05)

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