雪の窓辺にて
中国に初雪が降ったと聞きつけた元親は、いつものように郡山城内を闊歩していた。
元就は会いに行くたびに執務部屋に篭っている。
最初は自分に会いたくないのかと消沈していたが、元就にとってはそれが普通なのだと毛利の家臣達から最近聞いた。他人の手を借りることを嫌う元就は、何でも自分でやりたがるらしい。長曾我部殿からも言ってやって下さい、などとお願いされたが、元就が聞く耳を持つはずもなく今に至る。
執務の片手間で会ってくれるだけ僥倖だ。
持ち前の前向き思考で、元親は今日も鼻歌交じりで元就のいる部屋まで進んで行った。
「眩しい」
「へっ?」
忙しそうに筆を動かす元就の傍で、元親は庭に広がった雪景色を肴に真昼間から酒を嗜んでいた。
不謹慎だ、と最初に元就は眉を顰めたが、酒を口にしている間は元親も静かだと知っているからかそれ以上何も言ってはこなかった。
常の毒舌に晒されることもなく、のんびりとした時間を元就と同じ空間で過ごせている元親は幸せ気分を満喫していた。
ところが、仕事が一段落したのだろう元就の第一声が予想外だったのか、元親は間抜けな返事をしてしまう。
「眩しいと言った。貴様の髪が光っている」
そう言われて元親は己の銀髪を一房摘み上げてみた。元就が不快そうに頷く。
「雪の照り返しが当たってんのかな。場所、移動してみっか」
腰を持ち上げて座る位置をずらしてみるが、窺った元就の表情に変化はない。
困ったように首を傾げた元親は、上着を頭から被ってみる。少し間抜けな格好だが、髪の毛を遮断してしまえば眩しくないだろうと思ったのだ。
「っそれは駄目だ!」
すると慌てたような声音が背中に降ってきた。
驚いて顔を上げると、机に向かっていた元就が元親の方を向いていた。その顔は遠目から見ても明らかに紅潮している。
「……見えなくなるから、駄目だ」
だんだんと小声になっていく呟きに、思わず元親は瞠目する。
だがすぐさま口元が綻ぶ感覚が込み上げてきて、頬を照れ臭そうに掻いた。
「じゃあしょうがねえな。座る向き、変えてみるか」
上着を元の位置に戻しながら、元親はにやけた顔で元就の方を向いた。
相手が笑っている理由に気付いた元就は、忌々しげにそれを一瞥して手元の書状へ意識を戻す。
元親はもう雪には目もくれず、ただ笑顔を浮かべながら部屋の主を眺めて酒を飲み干した。
辛めの酒が、妙に甘く感じられた。
執務が一区切りした元就は、元親が座っている縁側へ寄った。先程侍女が茶を持ってきてくれたため、酒ではないが雪見を楽しんだ。
隣にいる元親は、先程から自分の髪の毛を摘み上げて観察している。さっきの失態を思い出し、元就は行儀が悪いことを承知で音を立てながら茶を啜った。
「なあなあ、元就。俺の髪、似ているって思わないか?」
「何にだ」
相変わらず掴み難い会話をする奴だと、元就は半眼で隣を見やった。
視界に入るのは見事な銀髪。
滅多に世間ではお目にかかれないだろうそれを、元就は大きな声では言わないものの好いていた。自分の髪の色は珍しくも何とも無い、平凡なものだからこそ余計に思う。
「雪に、似ているだろ?」
指差された方を見やれば、庭に積もった初雪が広がっている。
ああそういえば、と元就は小さな銀世界を見下ろした。雲間から微かに覗く陽に照らされ、白い結晶がきらきらと輝いている。
日輪の力は偉大だと考えていると、元親が楽しそうな顔で振り向いた。
「後で雪合戦しようぜ! 雪まみれになれば、おめぇも俺とお揃いの髪だ!」
無邪気にも思えるような笑顔は、太陽のようで。それを彩る銀色の髪は冠のように輝いている。
王者のようなそれを気に入ってはいるが、自分がなりたいわけではない。元親だから似合うのだが――それでも断らないのは、揃いだと言う言葉に絆されたせいだろうか。
心底甘くなったものだと内心で溜息をつきながらも、悪い気はしないのだから末期だ。
元就はわざと元親から視線を外し、小さく頷いた。
「……執務が終わってからな」
「本当か! よっしゃあ負けねぇぜ!」
心底嬉しそうにしている男に、自然と口元が綻ぶ。
勿論それが元親に気付かれては堪らないため、元就は慌てて湯飲みを傾けるのだった。
- END -
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親就は何かこう……気兼ねなく?いちゃつかせられるのは気のせいだろうか。
親就アンソロに寄稿した二つのおまけ的小話だった作品です。
前半はゆずれないもの、後半はおそろいというテーマでした。懐かしい。
(2009/03/18)
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