尾を噛み合うウロボロス
何人、殺したっけ。
ふと正気に戻ることが時々――本当のことを言えば、いつも――あった。
いつの間にか血塗れの手と忍び装束を見て、背筋が戦慄くことは多々ある。足元に転がっている命であった物を見下ろし、喉元に熱いものが込み上げてくることだって何度も味わっている。
周りを見れば、そこに立っているのは自分という存在だけで。
何も言わない自然だけが矮小な己を見ていたという事実が、さらに得も知れぬ焦燥感を駆り立てた。
一人、二人――。
最初の頃は数えていたな、と思い出して苦笑が浮かぶ。
だがすぐに止めた。
他人の命を狩ってでも、失うことのできない大切なものを抱えてしまっているから。
だから平気だ。今も、これからも。
「佐助!」
「今行くよ、旦那」
本当は怖い。奪っただけ、奪って。お前だけ幸せになることは許されないのだと、物言わぬ亡者の濁った瞳が訴えかけているような気がして眠れなかった夜もある。
でも自分の隣には温かくも猛々しい炎がいてくれるから。
だから。
「俺ってば、ホント、惚れた奴には弱いねぇ」
「何か言ったか佐助?」
何でもないよ、と笑えるのは彼がいるから。
あのヒトが生きている。あのヒトが笑っている。あのヒトが必要としている。
だから、俺は生きていける。
暗闇の道を照らしてくれるたった一つの光は、あのヒトだから。
何人、殺しただろう。
ふと正気に戻ることがたまに――戦場の最中だというのに――あった。
掌はきっと肉刺だらけで、赤と白の衣は全部同じ色に染まってしまっている。二つの刃を見上げて見れば、刃毀れに血曇り。柄は泥に塗れて汚れ放題。
事切れた亡者の群れを眺めて、許せ、と少しだけ呟くけれど、もう見慣れてしまった。戦乱の時代だ。毎日のように何処かで誰かが死んで、何処かの誰かが殺している。その中に自分の名前は確実に刻まれているだろうということを、否定する気持ちは何処にも無い。
一人、二人――。
武功を上げるために殺した数は覚えていた。取るべき首の数が多ければ多いほど、戦の中で自分が強くなれたことを知ることが出来るから。
自分には、どれだけ血を被ろうとも守らなければいけない人がある。
だから、強くならなくてはいけないのだ。
守られるだけでは、きっといつの日か後悔する時が来るから。
「佐助!」
「今行くよ、旦那」
無理して笑うことのないように。あんなにも柔らかく微笑んでくれるその瞳を曇らせる日がもう来ないようにと、願い続けて槍を振るう。いつか失ってしまうかもしれないと怯えながらも振るうことしかできない自分に歯痒く思うけれど。
でも自分の隣に確かに今存在してくれているから。
だから。
「俺は、お前を放さぬと、誓うからな」
「何か言いましたか旦那?」
何でもない、と言えなくなる日が来ないように。
強くなるために。守るために。もう泣いている姿を見なくてすむようにするため。
だから、俺は戦うことを止めない。
真っ赤に染まった屍の道を走り続けられるのは、アイツという光があるから。
互いが互いに光を求め、離さないようにと咥える希望の尾。
巡る先はそれぞれの身体。自らを闇と思い続けている二人のココロ。
ボクが闇というのなら、キミは光なのでしょう。
キミが闇というのなら、ボクは光なのでしょう。
二頭のウロボロスは交じり合ったまま。自分の尾が相手に噛まれている事を知らないまま。
ずっとずっと、傍らにいるのでしょう。
- END -
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前半佐助、後半幸村。自分を闇、相手を光だと思っているそれぞれ。
「ウロボロス」は言わずとも知れているであろう、永遠を意味する尾を噛んでいる蛇のことです。
(2006/09/11)
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