初めて出会ったのは戦場。
 謡うような、声を聞いた。




ウタウヒト




「信親殿は、詩が大層上手いそうだな」

 四国からの親書を送りにやって来た信親は、不意に元就から話しかけられた。
 先程まで難しい顔で政事について互いに語り合っていたのだが、一区切りして簡単な持て成しが振舞われた時だった。


 元々品性良好と評判の長曾我部の嫡子の振る舞いは、元就の気に召すもので(元親の息子だとは思えないと常々ぼやいている)珍しく四国からの使者を早々に放り出すような真似はしなかった。
 これが元親本人が来ようものなら、門前払いされているところだろう。

 最近元就はご機嫌斜めなんだよ、とへこんでいた父に代わって訪れた信親は、内心少しびくついていた。
 恐れを感じているわけではない。
 滅多に会えない人に、穏やかな用件で顔を合わせることができる喜びから、浮き足立っていたのだ。

 元就率いる毛利とは数ヶ月前に開戦を開き、それからずっと不可侵条約を結んでいる。
 同盟という馴れ合いは互いの当主が望まなかったが、それでも利害は一致している。そのため比較的良好な関係が続いていた。
 口には出さないが、元親も元就も相手のことを気に入っているのだろう、と信親は思っている。
 それはとても良い事なのだろうと感じるが、同時にほんの少しだけ羨ましいとも思う。

 信親はずっと、目の前の人に惹かれていたから。


「上手い、というほどではございませんが……嗜み程度に。両親に様々な習い事をさせられておりますからね」

 そんなことを考えながら、信親は苦笑して答えた。
 父も母も信親を溺愛している。それが鬱陶しく感じた時が無いわけではないが、愛されているという証なのだろうと最近では諦めていた。
 けれど、元就がこうして興味を持ってくれるという点でなら、本気で感謝したく思える。
 元就の詩は上方の者が纏めたいと申し出るほど、良いものだと聞いている。
 そんな彼に上手いのだろうと言われると、何だか嬉しいような恥ずかしいようなむ図痒い気持ちになった。

「茶でもしながら詠ってゆかぬか? あの鬼めといては風情ある時間が過ごせぬのでな」

 無表情のままだった顔が、ゆるりと笑みを浮かべた。作り物ではない、穏やかな微笑みを。
 冷たいと評判の仮面が解けた瞬間に、信親はどきりと鼓動を跳ねさせた。
 溶けてはくれないけれど、時折奥底が見えるのだと言っていたのは元親だった。

 嗚呼、これが。
 父上が見つけた、儚い宝物。

 ――本当なら、想いを抱いてはいけなかったのかもしれない。
 けれど初めて見た時から、鮮烈なあの姿が忘れられずにいた。元親よりも早くに出会ってしまったから、余計に忘れがたかった。

 貴方のことをお慕いしておりますと簡単に言えたら良かった。
 憧れは当に追い越し、恋慕だけが募っていく。
 だがこれは中国と四国を再び泥沼の戦いへと導く原因にもなりかねない、危うい感情。
 言い出せない。言い出せるわけが無い。
 何よりも、折角少しだけ笑えるようになった元就を。この人を好いているだろう元親を。二人の今の適度な関係を、壊したくないから。

 忍ぶ恋は尊くて美しいと世間は言うけれど、自身が体験してしまえばただ辛くて悲しくて歯痒いばかり。
 ちくりと痛む胸を抑えた信親は、それでも精一杯の笑顔で応えた。

「元就公が宜しければ是非!」





 初めて出会ったのは戦場。
 先鋒部隊を率いていたからこそ、奇跡のように廻り会えた。
 敵陣の先頭に立ち、まるで鼓舞するかのように冷ややかな指揮を飛ばす姿を目にした。細い背中に多くの命を背負いながら、立ちはだかる壁のように大きな存在だった。

 兵士を死地へと送る号令の言葉が、不覚にも、綺麗な歌声のように感じた。


 その彼の声が、静かに穏やかに詩を詠っている。
 惹かれる想いを募らせながらも。それを押し殺しながらも。ただ今は――この優しい時を幸せと感じたい。



 - END -





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創作者さんに50未満のお題・選択式お題(題目:世界で一番尊い音楽)より。
親就に片思いみたいな信親、が基本です。ていうかどマイナーですいません;;
信親は非常に美味しい人物なので、色々と妄想が止まりません。
(2006/12/02)


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