風のようだと感じたこともある。
傍らでたった一つの瞳を凝らして見ている世界は、どんなものなのだろう。そう考えながら彼の白い横顔を眺めていると、自分にはない逞しい身体が上下して、乾燥した空気の中へと白い吐息を大きく吐き出して笑い声を上げる。
微かに離れた場所にいる仲間と軽口を言い合ってじゃれているのだろう。にこにこと嬉しそうに笑う太陽のような眩しい微笑みの間に、また、海風のような相手の呼吸が耳に入る。
触れてその身体から鼓動を直に聞くことは憚れるから、そうしていつも自分は彼が此処にいる事を確認しているのだろうか。
彼には自分の呼吸音が聞こえないようで、時折まじまじと見つめられたりする。
決まりが悪くて僅かに身を引こうとすると、あの大きな手を何の躊躇もせずに伸ばしてきて自分に触れてきた。そうやって彼は体温を確認すると鮮やかに笑ってみせる。
ああ、あんた、ちゃんとここにいるなと。
底抜けに明るいいつもの笑顔ではなく、奇妙に焦燥を覚えるような優しげな笑みを浮かべてそう言うのだ。
最初の頃は意味も分からずに、その接触が嫌で仕方がなかった。
けれど。
今、こうして彼の吐息を感じることで安堵感を覚えている己は、随分と彼に毒されているのだと痛感した。
隣にいることが日常的であればこそ。いつ何時失うか分からない時代だからこそ。彼の温かな気配が此処に息衝いているという瞬間を確かめずにはいられないのだ。
この呼吸音が途切れてしまったら――もしかすると、自分まで、彼に触れられて刻まれていることを自覚していた鼓動が止まってしまうのかもしれないと思ってしまうほどに。
「元就、どうした?」
部下達と話していた彼をただ黙って仰ぎ見ていた自分に、彼は困ったように首を傾げてみせた。眉尻を下げた様子から海賊の頭領の姿も四国の主の面影も見えず、思わず口元が緩んだ。
「お、もしかして今日は機嫌が良かったりするのか? へへへ、やっぱりあんた笑ってた方がいいぜ」
小さな自分の変化に一喜一憂する彼が最初は不可思議なものにしか見えなかったが、今では何だか自分の方が彼の表情の変化に心を揺らされることの方が多い。
目の前の男には、絶対に言ってやらないけれども。
「そうだこの間な、北の方に行って来たんだ。いい米が手にはいったんで今度野郎共と一緒に餅をこさえるからよ、あんたも来るといい!」
それがいいそれがいい、とはしゃぎながら勝手に決める彼に呆れながらも、嫌な気持ちにならなくなったのはいつの頃だったかもう思い出せない。
でもきっと、それは彼の呼吸音を意識した時。
そよ風のようなそれの音色が聞こえてきた時にはもう――。
「元親」
「あん?」
きょとんとこちらを見返すその顔は、寒さから赤くなっていた。何も考えずにいつも通りの半裸である彼を馬鹿だと思うが、少しだけ悴んだ様子の頬が気にかかった。
――きっと自分も同じように鼻頭を赤くしているだろう。だから全部季節のせいにできるはずだ。少しだけ顔の温度が上がったのも、頬に差した熱も。
それから。
「も、元就?」
「……貴様は温かいな。まるで童だ」
呼吸だけでなく、自分も彼の鼓動と体温を感じたいと思ったのも。海風に晒されっぱなしの頬を温めたいと思ったのも。
全部、冬のせいだ。
「そろそろ手でも繋ごうか!」
(……っ調子に乗るな!)
- END -
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基本的、親就は自然といちゃつかせられて書いている方も和みます。
やはり兄貴はかっこいい…。
(2008/12/06)
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