臆病な僕は真実に沈黙する



 貴方を愛したことに、後悔は沢山ありました。
 でも、悔やんだところでこの胸は何も納得などしてくれない。だから、ずっと愛し続けることを誓おうと決めた。


 たとえ結ばれることが叶わなかろうが。
 たとえ二人を死が別つことになろうが。

 貴方が、主君であろうが。

 愛する気持ちに偽りはありません。








 幸村は縁側でうとうととまどろんでいた。今日は日差しがとても穏やかで、春の気候も相成って眠気を抑えることができそうもない。
 上田城は山の中にある。広がる城下も十分田舎の部類に入る。だからか人々の行き交う喧騒もなく、のんびりとした午後の風が開け放した障子から入り込んでいた。
 眠くなるのも仕方が無い、と幸村は欠伸を噛み殺しながら空を見上げた。
 書類の束が部屋の机に重ねられているが、それに取り掛かろうという気分ではない。
 兄がこの惨状を見れば呆れ返るだろうかと思い、少しだけ悪いな、と考えた。


 父親のように慕っていた信玄が病で逝ってから、はたして何年経っただろう。

 あの頃より確実に、生きる気力を失った。
 幸村はそんな自分を自覚している。まるで急に道を塞がれてしまったみたいで、何処へ行けばいいのか分からなくなった。

 信玄が亡くなり、あっという間に武田は滅んでしまった。
 錯乱しかけていた幸村は兄に無理やり連れ出され、そうして今がある。
 武田を滅ぼした織田は、豊臣に滅ぼされ、師ではない者が天下統一を成した。徳川に厄介になりながら太平となった世を過ごしている自分がとても現実離れしているようで、幸村は時々、こんな風にぼんやりと日長過ごすことが多かった。
 でも。
 死のうとは――後を追って、腹を切ろうとは思わなかった。
 薄情な自分に驚いたものの、絶望を感じた幸村の前にはどうしても捨てられないものがあったから。
 だから、死は選べなかった。


 たとえ世界中が敵になっても、貴方を守る。


 真剣な目で告げた大事な忍の存在が、自分を繋ぎ止めている。愛しい彼の存在が、自分を生かしている。
 佐助がいるから、幸村がいるのだから。

「貴方を、守る、か」

 幸村はぼんやりと呟きながら、そっと庭へと出た。
 いつもなら何処かにいるだろう佐助は、兄の使いで三日は帰らない。
 だからだろうか。普段は心の中に留めておくだけにしている言葉を、解き放ってしまおうと思ったのは。

「それは俺の台詞なのだ、佐助」

 愛しいから。愛しているから。
 だから、守りたい。
 それは全て幸村の私情だ。佐助は笑って受け入れてくれて、とても幸福な気持ちに思えたけれど。
 恋愛感情を抜きにしても、成さねばならない義務感が自分には課せられている。

「お館様の炎の御心は、ここにある。炎は、共にあるべき血を守らなければ」

 自身の胸を握り締め、今は亡き恩師を思い浮かべる。
 彼が最期に幸村に告げた隠された真実は、その時の幸村を絶望の奈落へと突き落とした。しかし、武田が滅んでしまった今では希望にまでなりえた。

 今度こそ、守らなくてはいけない。敬愛する師の、血族を。
 大事な人。愛している人。
 ――本当なら、結ばれてはいけないはずだった人を。

 今の自分は、戦場を忘れかけた腑抜けなのだろう。でもいつか、彼のために槍を握る日が必ず来る。
 虎の魂を、炎の心を、武田の血を、守るためにも。

「たとえ世界中が敵になっても……佐助、俺はお前を――貴方を守る」

 幸村は空を見上げる。
 信玄が死んだ日も、後継者であった勝頼が死んだ日も、空は燃えるように真っ赤に染まっていた。
 ――最後に残された佐助が死ぬ日も、灯火が燃え尽きる直前のように空は焼かれるのだろうか。
 それが、せめて自分の炎であればと幸村は願った。
 彼が死んでしまった世界では、もう呼吸の仕方も忘れてしまうだろうから。



 幸村、黙っていてすまなかった。佐助はわしの実の――。



「お館様の大切なものを、某が愛することをお許し下され」

 信玄の言葉を思い出し、幸村は目を閉じた。
 抱いた愛だけはどうしても捨てきれないから、ごめんなさいと、心の中で謝る。
 本当なら自分の主君であったかもしれない彼を――誰も残っていない今なら、本当に主であるはずなのに――好いてしまってごめんなさい。

 佐助。
 何も知らせられなくて、ごめん。

 お前の身体に滅んだ主家の血が流れてるなんて告げるのは、臆病な自分には無理だ。
 ただでさえ武士と忍という身分差が自分達を隔てているというのに、本来なら主従が逆だなんて、今更言えるはずが無い。

 それでも。
 ここにある愛の形だけは変わらない。偽りは無い。
 だから幸村は、沈黙を続ける。自分だけが知っている事実を、黄泉路まで抱えていくことにして。



 - END -





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あんまりにもパラレルな感じですみません;しかも、また佐助がお留守…。
十勇士小説で佐助が武田勝頼の遺児という設定があったため、妄想がむくむくと…。
さすがにBASARAじゃ年齢があれなので、息子でも孫でもどっちでもいい感じに書いてみましたが、結局これだと佐助の実年齢が幸村と同年か年下になりますね…。
自分の従者が実は主君だとか、何か倒錯的です。もう自分だけが楽しくてごめんなさい;;
(2007/03/14)


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