な み だ
「それは、何のためのものだ」
綺麗なその人は悲しみも何もかも感じたことがないような冷たい目で、俺をただ理解し難い物をねめつけて見下していた。
――嗚呼、貴方に何が解るというのか。
人の命を駒呼ばわりする凍えた声音は、誰か、そう誰かたった一人にでも温かな希望を与えたことなどあったのだろうか。詰るばかりで励ましや慰めや、時には優しさ故の諌めを放ったことなどあるのだろうか。
解ろうはずもない。
何故と問うのは其方であるが、それは決して理解を生むための一歩などではないのだ。
貴方は知らないだろう。流す涙に様々な異なる感情が宿っていることを。
貴方は判らないだろう。俺が流す涙の意味さえも。
「どうして泣く」
分からない。わからない。
能面めいた無表情がじっと佇んだまま、ぐしゃぐしゃに歪んでいるだろうこの己の顔を眺めている。
問いが重ねられるだけで、その人は動こうともしない。近付くこともなければ遠ざかりもしないで、相変わらずあるがままそこにいる。
「かなしいのか?」
「くやしいのか?」
「にくらしいのか?」
何も言わずに、嗚咽さえ押し殺したまま震えている俺を見る目は困惑さえも浮かんでいない。全てを見知った老成さを抱えたそれは、一方で無知な幼子のように絶えず問い掛けを繰り返す。知らぬものへ対する好奇心を満たそうかとするような言葉の繰り返しは、いっそ拙くも思えた。
だけど。
だけど。
その問いの中に正解があろうはずもないのだから、俺はもう口を閉ざして否定の返事すら放棄した。
だって――貴方には、わからないのだから。
誰が何処で死んだって、誰が何処で壊れたって、貴方は構わないのだからわかるはずがないではないか。
「……その涙は、何のために流されているのだ」
――貴方のためだなんて、きっとわかるはずがないのだ。
(そして俺には、貴方の気持ちがわからないのだ)
- END -
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拍手のログから。
絶対的に理解できない境界線というのは誰にでもあると思います。
(2010/12/22)
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