成実は歳から見れば、従兄の政宗にとっては弟のようなものであった。
実際に伊達軍を率いる棟梁である政宗は、将として主君として十分なほど周りを引っ張っていく力がある、と成実自身もそう思っている。
だが幼い頃に築かれた深層心理は、大人になっても崩されにくい。
主として政宗を擁護し、手足の如く働く成実にとってもそれは覆らなかった。
年上のくせに引っ込み思案で人見知り、照れ屋で小心者の梵天丸。そんな幼き日の政宗を外へと連れ出すのは、成実や小十郎の役目だった。
昔はどちらかといえば成実が政宗の兄であったのだ。
だから今のような、尊大な態度が服を着て歩いている姿(主君に対して失礼だと思うが、政宗にはこれくらいでいいのだと言うのが成実の持論だ)を見ると立派に成長したな、と思う反面で、泣き虫だったくせにと苦笑が浮かぶ。
――いつもだったら。
今、そこにいる彼はそれとは違う。
まるで初めて恋心を知った少年のように、いつもの飄々とした態度が全く消え去ってしまっている。
これが相手の策略だったら、伊達は終わりだとも思うけれど。
きっと自分が思う以上に、二人は。
* * 縁側浪漫譚 * *
「……まさか、人の顔もまともに見れなかった梵天がなー……。いやいや、今でいうなら年上にも舐めてかかる自信過剰気味な政宗様か……意外過ぎる」
「だよな、成実。あの青春時代を置き去りにして突っ走っていた筆頭が……なぁ?」
成実と共にうんうんと唸ったのは、比較的に歳の近い宗時だった。幼馴染であるので公の場でなければ気安い会話をする仲だ。
「手綱を持たずに馬に乗るほどやんちゃなくせに、どうしてこういう場面では不器用なのでしょうかね」
縁側へと続く廊下を覗き見ている年少の二人の後ろから、年嵩の男がにこにこと向こうを覗き込んだ。
突然現れた延元に驚き、成実と宗時は振り返る。そして唖然と口を開いた。
彼の後ろには、さらに見知った顔が立っていた。皆、興味津々と言った様子で縁側の方を眺めている。
「殿は今から青春を満喫しているのですよ、御三方!」
「政宗殿の立派な姿、亡き兄上にも見せたいものだな」
若者らしい力強い目を輝かせ、延元の息子である良元は力説した。
その言葉に同意を示している政景は、涙ぐみながら首を縦に振る。早くに逝った兄の息子の、初々しくも温かな光景に思わず胸が熱くなっているようだ。
大所帯となった曲がり角で、武将達が縮こまって小声で話す様子はある意味異様ではあった。女中達はそれを呆れ混じりで眺めているが、仕事の手を休めることはない。伊達家の家中ではこれが日常茶飯事である。
勿論、彼女達も興味がないわけではない。
何せ現在客人として政宗の私室に招かれている人物は、只者ではないのだ。
その上見目も麗しく、政宗と並ぶと何だか神々しい光が見えるのは気のせいじゃないと、客人を案内した成実は語った。
奥の部屋まで送る僅かな時間に話しをしただけだが、人の神経を逆撫でするのが得意な政宗とは似ず、どちらかといえば自分に嘘をつけない成実を客人は何故か気に入ってくれたようだった。
冷たい大将だと名高い相手だけあって、ふとした瞬間に浮かんだ優しげな眼差しには驚いた。
中々表からでは見えない穏やかな雰囲気は、政宗に似通った匂いを成実の中に残していった。
その話を宗時にだけにした。
……はずなのだが。
やけに密接した関係にある家中にはあっという間に広まってしまった。
そして、この状態になったわけである。
自分が噂の発信源だと知ったら、政宗はきっと自棄のように怒るだろう。子供の頃ほどではないが、本当は照れ屋な彼のことだ。八つ当たりのように追い掛け回されるかもしれない。
そう分かっていながらも、成実は笑みを殺すことが出来ずにいる。
多分、嬉しいのだろうと思う。
孤高であろうとした自分の主が、従兄が、あんなに自然な笑顔を浮かべて楽しそうにしている。
いつも人と顔を合わせようとしない暗い子供だったのに。
必死で大人ぶろうとしていつしか筆頭としての自分にばかり拘っていた彼が。
好きな人と、一時だろうとも共に過ごせる時間が今ここにあるということが酷く嬉しく思えた。
「お、手を握ったぞ」
「さすが筆頭! Mood全開だぜ!」
六爪を操る大きな手が、白く細い手を両手で大切そうに握りこんだ。亜麻色の髪を揺らして、客人は少しばかり俯いた。どうやら、恥ずかしいらしい。
いじらしい態度が政宗の胸にさらに火を灯したのか、余裕を取り繕うとするいつもの笑みが浮かぶ。
だが、成実にはそれが精一杯の虚勢なのだということが手に取るように分かる。右目を隠す黒い眼帯のため、頬に上った朱がくっきりと見えているのだ。
もはや恋人同士にしか見えないその空間を、若者達は固唾を呑んで見守った。
「接吻するに一山」
「押し倒すまでいくだろう?」
その後ろで延元と政景が何やら怪しげな発言をしていたが、やはり視線は縁側の方向へと釘付けになっている。
どうするんだ、どうするんだ、と全員がじっと成り行きを待っている。
やけに心臓の音が大きく聞こえるのは、彼らの期待が大きいせいか、それとも政宗の鼓動が高まっているのが伝わってくるからだろうか。
その時。
怒気を孕んだ片目と、成実は目を合わせてしまった。
――気付かれたっ!?
慌てて顔を引っ込めようとした時、背後から絶対零度の声音を聞いた。
成実と宗時、そして良元は恐る恐る後ろを振り返る。
つり上がった目元を更につり上げて、小十郎がそこに壁のように立っていた。
逃げるに逃げられない状況に、三人は一気に固まった。助けを求めるように視線を這わせても、延元と政景は今しがたここを通りがかったかのように何処吹く風で彼らを見ている。
宗時が悔し紛れに歯を食い縛ったが、頑張れよ、といった様子でひらひら手を振る二人に成実は溜息を漏らした。
「テメェら……さっさとこっちに来い!」
首根っこを掴まれて、三人はあえなく最後まで見届けることなく説教部屋へと強制連行されていった。
話が長いんだよな、と思わず愚痴た成実は、だんだんと遠くなる曲がり角の向こう側を見て微かに瞠目した。
どうやら両想いなんだ、と思うとなんだか奇妙に安堵感が満ちてきて。
「小十郎の小言も怖くない、って感じかなー」
「よく言ったな? じゃあお前だけ一刻ほど長くしてやるよ」
独り言のつもりで口に出してしまえば、青筋が増した小十郎の不気味な笑顔がそこにあった。
藪蛇だと宗時が苦笑いして、居直った良元が受けて起つと叫び、残った延元と政景がそれを見送った。
そんな騒ぎの向こうで幸せを描いている二人を想い、成実もまた、笑った。
二人はきっと、思う以上に恥ずかしがり屋で。
多分誰よりも、今が幸福なのだろう。
見られていたと知って真っ赤に顔を染めた政宗が、慰められるように口付けをしてもらっていたことは、成実だけの秘密だ。
- END -
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創作者さんに50未満のお題・選択式お題(題目:傍観者の意見)より。
伊達軍ばっかりなダテナリでした…。しかもナリさんの名前すら出てきていないという……;;
とっても甘酸っぱい関係な二人が家中公認になった日のお話でした。
成実以下、伊達軍大好きです(笑)
(2007/02/06)
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