不如帰去


 花は散るために咲くのだろうか。
 命は終わるために始まるのだろうか。



 花弁が揺れる風の合間を、人目を避ける様にして連れ立ち歩く者がいた。微風にすら最早抵抗できずはたはたと落ちていく桜の雨の中、彼らの纏う冷めた色彩の素襖は寧ろ良く映えている。

「そこはまだ蕾なのだな」

 後からかかった声に振り向いた政宗は、先導していた足を止める。頭上の梢に目を凝らして見れば、成程、満開時が過ぎた今となっても未だに綻ばぬ淡い桜の花が頑なに噤んでいた。
 追い付いた――といっても、たったの数歩だけ離れていたわけだが――元就も政宗を倣ってその梢を仰ぎ見る。隣の若者よりも背の低い彼には少し見辛いので、普段は寒々としている視線を若干大きく広げながら首を傾けて眺めていた。
 その様子を、こちらもいつもはきつい三白眼を思いっきり綻ばせながら、政宗が見つめていた。

「そこからよく見えたな」
「気付いてしまえば注視も容易い」

 そう言いながら強がって踏ん反り返るように、頭を何度も傾けて頭上の桜の蕾を見やる彼の姿が琴線を擽って、政宗の口の端がつい緩んだ。
 そうして梢に腕を伸ばし、細い枝をしならせながら引き寄せる。

「これなら見やすいな。眩しくて片目じゃあ、なかなかなぁ」
「……うむ」

 政宗は己の目線の高さまで枝を近付かせ、軽い口調で苦笑してみせる。
 先程よりもずっと視界に入り易くなったので、こちらへ一歩寄ってきた元就は楽な姿勢で静止する。
 少しだけ不服そうなのは、政宗が何のためにそんな事を言い出したかが分かってしまっているからだ。
 蕾から目を離して横を窺うと、隻眼の竜は染み渡るような笑みを浮かべて梢越しから元就を見ていた。
 戦場では六爪の刃を振るう大きな掌は、物見遊山で寛ぐべくして雪国の肌を晒していた。節々が骨ばっているがそれは随分と綺麗なもので、枝を掴むその仕草も決して粗雑に感じられない。
 淡く輝く風の中、浮かび上がる紺瑠璃は鮮麗でありながらもその衣に身を包む端整な男の姿を何処か蠱惑的に見せていた。
 一瞬だけ息を呑んだ自分が許せず、元就は思わず枝越しの政宗の視線からそっと逃れた。

「お、鶯」

 気付かない様子で指先をそっと放した政宗が、風に乗って響き渡った鳥の歌声を聞き付けて笑う。
 その横顔がこちらを見ていないことを確認しつつ、元就は改めて政宗の方に身体を向けた。

「鶯だとか時鳥が鳴き始めると、もう梅雨近くだって気になるぜ」
「桜の葉も出ていないのにか?」
「雪解けから梅雨入りまであっという間だぜ。北国なんて何処も大概そうさ」

 しなやかな声を紡ぐ唇は得意げに語る。
 どことなく楽しいそうに弾む口調は、この時間にだけ表れるというのを元就は知っている。
 戦場では饒舌な方ではある政宗だが、私生活においては特別お喋りというわけではない。どちらかといえば余計な事は口にしない、寡黙な一面も持ち合わせている。
 そうして二人で黙ったままの空間を他人が見れば居心地の悪さを覚えるだろう。けれど一度たりとも元就はそれを疎ましく思うことはなく、それは沈黙を保ちながらも鼻歌を歌いそうなほどに機嫌の良い政宗の様子からして彼も同様であるのは明白だった。
 この桜に覆われた山道を、ただただ意味もなくぶらついている今ですら二人にとっては例外もなく尊い時間に変わりない。

「……葉桜が露に濡れると、一層萌えるように青々となるから見物よな」

 奥州の春について話している政宗を、そんな気持ちになりながら眺めていた元就は、この薄紅に彩られた景色が一斉に若葉へと塗り替えられる様子を想像する。
 芽吹いた生命力の強さは、静かで閉ざされていた雪の世界から一変する。艶やかな花々を目に焼き付けながらやがてくる成長の季節へ続いていくため、光と緑に覆われる木々は瑞々しく目に映るだろう。
 それはさながら、乱世へと華々しく飛び出した雷光の竜のような勢いと鮮烈さを伴っていて。

「アンタの纏うような翠一色だな。陽の光で煌めく様は本当に――」

 静かに隣の男を思い描きながら、辺りの景色を見渡している元就へと抒情的な返答があった。
 歌を詠むような甘さを含んだ声は、不意に正気を取り戻したかのように語尾を濁す。
 何を言い掛けたのかと不思議がって振り返った元就が見たのは、そっぽを向きながらも視線だけこちらに寄越している政宗のむず痒そうな横顔だった。
 二人の視線が交わってしまったことで焦ったように隻眼が揺れたが、一拍置いた後に彼の唇は再び賛辞の言葉を綴る。
 すっきりとした鼻筋の周りは、黒々とした眼帯との対比のおかげでほんのりと上気しているのが見て取れた。

「Ah……見惚れる、ぜ?」

 迷うように吐息混じりの異国語が放たれたものの、政宗は己の今の気持ちをはっきりと告げておきたいと決めていたので元就にも直接的に通じる形で想いの丈を露呈させた。
 睦言は控えめながらも、その瞳は雄弁であった。
 虚を突かれたまま立ち竦んだ元就だが、相手の目が訴えている感情が一体何なのか知らないわけではない。
 寧ろ、ずっと前から政宗がこんな風に見つめてくることに気付いていたのだ。その間で散々、彼の視線の意図を考え続けていたからこそ当の昔に一つの可能性に行き当たっている。
 けれども元就は認めたくなかった。まさかと思いながら、しかしと否定していた。
 その答えがあっていても、間違っていても結果は同じだと悟っていたからだ。
 政宗もまたはっきりとは伝えようとしなかったため、彼らがそれについて語った事は皆無である。
 それはきっと平行線のまま語られずに終わるはずの代物なのだと、元就は無表情の下で強張る心を持て余しながらそう信じていた。
 それなのに――。

「……政宗?」

 先程の隠した気遣いといい、今までの付き合い上では語らずともそれで良かったはずだったのに、どうしてこの場になって突然瞳の奥にあった感情を舌に乗せてしまったのか。
 愕然とした元就の反応をじっと観察していた政宗は、緊張した溜息を少し吐き出して背中をしゃんと伸ばした。
 そうして姿勢を但し、幾度か深い呼吸を繰り返すと今度はしっかりと元就を正面から見た。

「俺は、アンタに直接伝えなくてはならないことがある」

 改まった態度で政宗は一言一言慎重に紡いでいく。
 何故だか急に、元就は逃げたくなった。
 聞いてはいけないと警笛が鳴り響き、知りたくないと焦燥が募っていく。
 それなのに凍り付いたように足は動かなかった。
 思わず唾を飲み下し、政宗の一挙一動を見守るように身体が強張って震える。
 言霊が生まれてしまえばきっと、今の関係さえも崩れてしまうような気がした。彼の紡ぐ答えが決して叶うものではないのに、自分達の何かが分かってしまうのだという恐れが泉のように湧き出でてやまない。
 ――言うな、政宗。
 そう、告げたかったけれど若者の声音の方が一寸早く開かれた。

「毛利元就……アンタに懸想している。俺の作る泰平の世がたった一欠けらでもアンタの平穏を紡げるのなら、命を賭けても構いやしないほどに」

 柔らかく語りながら、隻眼の竜は悲しく笑う。
 胸に秘めたるその想いを今までずっとそんな顔をして蓋をしてきた。皮肉気に笑むのはもう癖のようなものだったが、それは一体誰に、何に対して笑っているのか政宗にも本当は区別がつかないものと成り下がってしまった。
 しかし他の誰かが今の微笑みを見たとすれば、自ら苦痛の迷路へ迷い込んだ自嘲のように映っただろう。
 それでも彼の瞳はひたすらに清廉としていた。

「嘘みたいだろう? この独眼竜が、こんな世迷言を吐いちまうなんざな。……だが何処までも本心だ」

 迷いのない鋭い眼差しに見つめられて、強張る心身は余計に恐慌した。
 からからの喉元からどうにか吐き出した否定の声はか細く、それが自身の物なのかさえも判別ができない。

「止めよ……」
「どうか聞いてくれ、元就さん。戦の話を避け続けておいて今更弁解なんざしねぇが、俺は俺の感情を認めるしかないと気付いた。向き合わなければ、これ以上先には進めないのはアンタだって同じだ」

 大きな掌が元就の小刻みに揺れる肩を掴む。
 桜の枝を解することなく、今度こそ隔たりもなく見つめ合った二人は一瞬時を忘れる。
 風が吹き荒れる。一斉に桜の花びらが宙を舞い散って、空の彼方へ掻き消えていく。薄紅の嵐の中でお互いを見失うことなく、政宗と元就は自身の震える鼓動を感じていた。
 そして唐突にざわめきは静寂へと変わり、言葉は無情にも元就の元へと降り注いだ。
 熱っぽい視線。じっとりとした懸想の歌。
 半歩分の距離はそのまま詰められて、背丈の高い政宗の顔がもう目の前にあった。
 生温かい吐息が肌を滑った時、最早衝動とも言える反発心が元就の中で弾け飛んだ。

「止めよっ! それ以上言うなっ!」
「元就さん!」

 親しみを込めたその呼び方にさえ虫唾が走っていく己が怖い。
 元就は無我夢中で政宗の手から逃れると、傍らに佇む桜の幹へと背中を乗せる。ごつごつとした皮の感触が布越しに背を痛めつけたがそれどころではない。
 今さっきまで二人で緩やかな時を過ごしていたその象徴である桜へと寄り掛かる姿は、何も言わずとも良かった頃の時間に戻りたいかのようで政宗は一層愁眉を歪める。
 元就の無意識の行動は、政宗の心から逃げようとしているものなのに、縋る先にいるのもまた政宗との思い出だというのが酷く滑稽だ。
 そんなことにも気付かない元就が遣る瀬無い。
 悲痛めいたその視線から顔を逸らし、元就は頑なな幼子のように幾度も首を振った。

「聞きたくない! 貴様の解を問うたところで過去は何も変わらぬ。真実は何一つ覆らぬ!」
「元就さん、でもアンタは俺を」
「我は答えぬ。そうしたところで、貴様のそれを突き付けられたとて、どうして死人が口を利けようか!」

 自分の心を認めたくないのは、答えが出たところで何か変わるとは思えなかったからだ。
 政宗は前に進めると言った。
 気持ちの踏ん切りがつくというのならば、それは前進だろう。今までの悩んでいた己を脱ぎ捨てて、彼は今一歩時の流れを進ませられる。
 だが彼の思い違いは、元就にも同じことを求めてしまった事だ。
 元就は今のままで良かったのだ。
 好敵手でもなく友人でもなく――ましてや恋人でもない、曖昧なままの関係で側に居られればそれで構わなかった。
 政宗の瞳の奥にあったのは甘やかで激しい恋慕の心で、元就の心とは違っていた。そんな風に綺麗な形に育つ前に彼の心の芽は摘み取られてしまっていたから。
 最初から気付いていた。
 だから元就は何も言わないまま、それでも受け入れてくれる政宗の隣に居心地の良さを感じて今日までを穏やかに過ごす事が叶ったのだ。
 若さからだろうか。元就が満足できていた現状を、政宗はきっと歯痒く思っていたのだろう。そしてどうにか納まっていた二人の距離感をもっと縮めたいと、薄い膜を引き裂こうと声を上げてしまった。
 不遜で高慢ながらも臆病な精神を一人で抱えていた青年はもう、灰色のままの関係性を見ないふりのままでいられないらしい。
 大人びていたからこそ曖昧にできていたのだと思っていたが、違ったのだ。真に覚悟が決まったからこそ、政宗は今、真っ直ぐな目で答えを出そうとしている。
 逃げている自分の方が、よほど子供ではないのだろうか。
 桜に縋って目をきつく閉じる己を、何処かで冷静な己が見下している。
 元就は酷くなっていく頭痛を耐えながら、なおも食い下がろうとしている政宗に向かって叫ぶように拒否を示した。

「毛利は死んだ! 貴様が滅ぼした!」

 心配そうに伸ばされかけていた腕が、びくりと引き攣って留まった。
 梢の蕾を元就の前にまで見せてくれた、そんな優しく白い指先が宙を彷徨ったまま怯えるように揺れている。
 それを目にする余裕もないまま、元就は何処にもぶつける術のない嘆きを政宗にぶつける。それが八つ当たりのようなものだと分かっていながらも、口にしてしまったものは取り戻せない。

「何故言葉にしたのだ、伊達政宗……そうしたところで、我の何が変わるのだ。貴様の何が変わるのだ」

 顔を俯かせたまま、元就は木の幹を強く叩く。何度も、何度も、悔恨と呪いに身を焼かれそうになる自分を抑えるように、何度も。

「貴様は我が仇、そして我は貴様の仇……一体何が、変わるのだ。変わってくれるというのだ……」

 最早それは独白であり、自分自身への糾弾と自責ばかりを綴る手段だった。
 呆然と元就を見ていた政宗は無言のまま、上げたままの手を伸ばして蹲る元就の背中をそっと触れる。
 緩い鼓動の脈打ちが聞こえる。それは確かな生の証。
 自身を死人だと苛む彼は、それでも生きている。
 だから政宗は己の発言に後悔するつもりはない。しかしそれでも、かつての凛とした佇まいを失ってしまった元就の姿を見るのは辛くて堪らなかった。
 政宗は思う。
 この場に我が右目がいたのならばどんな風に顔を顰めていただろうかと。政宗の直接的な言い回しを諌めてきていただろう。或いは、元就への懸想を抑えきれなくなる前に彼の人とはお別れなさいときつく咎めてきただろうか。
 けれど、片倉小十郎景綱はもういない。
 まるで半身のように存在していた父のような兄のような彼の者は、既に鬼籍に名を連ねている。
 だからこそ政宗は小十郎に顔向けのできない結末など迎えたくはなかった。

「変わる……変われるさ、元就さん」

 ゆっくりと、驚かせぬように政宗は桜の下の佳人の痩身を包み込んだ。
 頼りない背中に胸元を寄せて、打ち震える御髪を見つめながらすっかり衰えてしまった首筋へと頭を寄せる。
 元就は何も言わなかった。勢い余って吐き出してしまった絶望に疲れてしまったのか、黙って政宗の好きにさせた。
 二人が過ごす昼下がりはいつもこんな風に、単なる触れ合いだったり他愛もない話題を続けてみたりと、何の進展もないままただ優しく過ぎていく。
 満足できなくなったのは自分の方だと政宗は分かっていた。
 だから元就は、あんなにまで吠えて震えて突っぱねた。それは彼にとって禁句だったのも、その態度を見ずとも薄々気付いていた。
 政宗とて並大抵の覚悟で口にしたわけではない。
 しかし、今日はもうこの話は止めた方が良いだろうと諦めた。元就の傷は見えないように隠されているだけで、まだ血を流し続けているのだ。
 そしてそれは、元就の言葉で心中を抉られたような気分に陥った政宗も――。
 緊張して体温の下がった元就を抱き締めながら、引き寄せて無理やりにでもこちらを向かせたい欲求を噛みつぶしてじっと待ち続ける。
 いつからか自分の掌を汗ばんでいたが、気にせず政宗は再びざあざあと吹き寄せる風の音に耳を寄せながら全身で抱き止める身体の温度を感じていた。

 ――政宗。

 小さな声が、ようやく元就の口から放たれた。
 だが政宗が腕を放すことはなかった。代わりに、元就のために用意した美しい衣をぎゅっと握り込んでいく。
 すると、たおやかな手が重ねられた。
 その仕草がいつも屋敷の一室などで逢瀬を楽しんでいる際のものと同じだったので、竜の三白眼は目尻からようやく力を抜き去っていく。

「……気分が優れぬ。帰るぞ」
「Okey, 馬の所まで戻るか。ちょっと待ってろ」

 平素通りの口調に戻った元就は、俯いていた顔をようやく政宗に向けてくれた。
 まだ若干青褪めていたが、震えは止まっている。
 微かな安堵の息を吐き出して政宗は腕を解いて一歩下がった。
 元就が少し着崩れた場所を正しているのを横目にしながら、彼はそっと梢に手を伸ばした。
 そこにあるのは、先程二人で眺めていた桜の花と蕾だ。政宗は蕾に注意をしながら、瑞々しく咲き誇っている桜の花を一つだけ茎ごと摘む。
 そのまま素知らぬ顔をして、馬を繋いでいる場所まで先導し始めた。元就が振り返った時には、もう随分と先を歩いていた。

「なぁ、元就さん。また文を書いてくれよ。暫くそっちにはいけないからな、アンタのくどい文なら一通だって何日も楽しめる」
「くどいとは何だ。貴様、政務の間に何をしておる」

 敢えて軽い口調で話し掛ける政宗は、少しだけ甘ったれたような響きを含ませた。
 そうやって政宗は、元就が願ったいつも≠何気ないまま装ってくれている。
 返答を返す自分の声が、微かに上擦っているのが分かってしまって元就は再び小さな絶望を抱えた。
 政宗と穏やかに暮らせる今の生活が好きだ。それは本当の、確かな気持ちだ。
 だが政宗の言った想いと同じかというと違うのだ。少なくとも元就はそう信じている。
 同じであってはいけないのだ。
 同じであったとして、どうなるわけでもないのだから。

「執務中だって考え事の一つや二つしても構いやしねぇだろう。何なら歌でもいいぜ?」

 そう言ってにやりと笑った政宗は、先程摘んだ桜を元就の耳にかけた髪へとそっと挿す。二人の髪には散った花弁がいくつか付いてしまっていたが、やはり一輪立派な五枚の花びらが整っているものは一段と良く映える。

「これでも持って帰って考えてくれよ。春は短いからな」

 冗談めいた言い分をしながら政宗は馬の鞍へと颯爽と跨って、佇んだままの元就に手を伸ばす。
 飾り立てられたことに不服そうな表情を浮かべていた元就だったが、埒も明かないため溜息を吐き出すとその手を掴んだ。

「いい加減、我にも馬を用意せよ」
「奥州一の良馬だぜ。Bestな乗り心地だろ?」

 元就の愚痴にも意を解せず、政宗は手綱を引いて馬を歩かせ始めた。
 腕の中にいる元就は大人しくしながらも、挿された桜が気になるのか指先で確認していた。
 可愛らしい仕草に口の端を歪ませた政宗は、風を振り切るように馬を走らせる。
 桜の木々が彩る斜面はすぐさま遠ざかっていった。まるで晩春の別れを惜しむように、桜の花びらが途中まで降り注ぐ。

「……お前達は何のために咲いて、何のために散るんだろうな」

 呻くように呟いた政宗の独り言を元就は聞いていたが、気付かないふりを続けたまま桜の丘に別れを告げる。
 あの丘が翠色に染まる時、政宗はもう一度あの場所へと連れて行ってくれるのだろうか。
 連れて行かれたとしても、再び同じような問答があれば自分はその時またしてもあんな風に愚かしい姿を晒さなくてはならないのか。
 元就はほんの少しだけ肩を震わせて、それを振り切るように回された政宗の腕に縋り付く。
 ――どうかせめて。
 せめてこの居場所だけは失わないようにと必死な己を、心底から侮蔑した。






 - END -





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2013年6月オンリーでの無配本に収録していた小話です。
もしかすると加筆して続きができあがるかもしれませんが、とりあえず短編に収納しておきます。
一度こうと決めてしまったら元就も政宗もなかなか動かないと思うのですが、二人が見ているのが過去か未来によってその腹の括り方は全然違うのかなと。
こだわりを捨てているような政宗にもすごく長い期間での葛藤ってやっぱりあると思います。
(2013/06/20)


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