その横顔を、後姿を見続けて幾日が過ぎただろう。
 時折零れる微笑みに胸が痛くなり始めてから、どれ位が経ったのだろう。




『 You like it laughingly 』





 少しばかり感傷的な気持ちになりながら、政宗の側にいつも通り控えている小十郎は、尋ねてきた客人と楽しげに会話をしている己の主を羨ましげに見つめた。

 飄々とした姿勢を崩さずに自分の感情を隠すことに長けている政宗は、歳相応の表情と何処かに置き去りにしてきた少年らしさを、親しい者にだけ時折見せる。
 それは心を許した証拠だと、昔から一緒に育った小十郎は存分に理解している。
 だからこそ、接点すら見当たらない目の前の人に笑いかける政宗を見たとき、とても驚いたことを覚えている。

 そして悪い噂ばかりを聞く、政宗の客人――元就を、初めて間近で見た時も。

 具足も獲物も持たずに佇むその姿は中性的で、きつい眼差しは梃子でも和らがないだろうと思わせた。低く響くその声は威圧的で、命令一つで部下の命を奪っているのだとということをまざまざと知らしめた。
 現実的な政宗もまた、時折そうした命を放つこともある。大将として立っている以上、奇麗事だけでは勝利を掴めないのだから当たり前だ。
 けれども、行軍中に皆のことを気にしたり、時には小十郎に見張っているように言う。
 元就は、そうではないのだと。直感的に感じた。

 だからその人と恋仲である、と政宗から聞かされた時には猛反対したし、目の前にしても主が単に賺されているのではという疑念が払えない。
 政宗は、表情を変えない元就と話していて何が楽しいのだろう。
 正直言って分からなかった。

 けれど。

「これ美味いだろ? 今年は豊作だったからな」
「貴様が育てたわけではなかろう。……だが、美味だ。やはり北の方が良く育つのだな」

 肩を並べて話す二人の間に流れているのは、優しい優しい空気。
 彼の存在は、政宗を害するものではないのだなと小十郎は安堵と共に目を細め、そして瞠目する。
 元就が、笑っていた。
 きっとずっと見ていなければ分からないほど、小さなものだったけれども。
 そうしてみると、彼が酷く温かな人間であるのだと見間違うほど柔らかなものだった。奇妙なほど整った顔立ちに人形のようだと思ったけれども、それは、自然の美しさだった。


 その時からだ。
 とくり、と鼓動の音が跳ねるようになったのは。


 芽吹いてしまった想いに嘘はつけない。けれども相手は、何と引き換えにしても守り通さねばならない主君を選び取っている。
 ならばこの心に鍵をかけたまま、二人の笑顔を守っていければいい。
 この穏やかな世界を静かに見守っていければ、それでいいのだと決意した。

 政宗の側に、元就の側に、いられるだけで幸せなのだと思えるから。

「テメェら……さっさとこっちに来い!」

 悪餓鬼共を引っ張っていきながら、小十郎はあの縁側を振り返る。
 困ったように目を這わせながら、政宗は笑った。ありがとうとごめんの半分ずつが混じった片目を見て、小十郎は口の端を綻ばせる。
 それから、騒ぎに気付いてこちらを向いた元就と少しだけ目が合った。
 彼もまた同じように、笑った。

 それはきっと。
 初めて貰った、自分へ向けられた笑顔だった。

 心臓が音をたてた。襟を掴んで引っ張っている成実が何かと騒いだが、それどころではない。
 小十郎は慌てて顔を空いている手で覆った。
 年甲斐もない。
 きっと、耳まで真っ赤に染まってしまっている。

「小十郎? どうしたんだ?」

 下から不思議そうな声が上がったが、答えられるはずもなく。
 照れ隠しのように小十郎は口を開いた。

「俺もまだまだ青いな……」

 小僧のように頬を染めていた政宗に、もう何も言えなくなるだろう。
 自分もまた、彼の人に惚れてしまって。
 随分か前に終わってしまった思春期を思わせるほど、胸が苦しくなるということを知ってしまったから。
 嬉しさや恥ずかしさを覚えて、そうして小十郎もまた笑ってしまうのだった。



 - END -





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創作者さんに50未満のお題・選択式お題(題目:芽吹いた種)より。
ダテナリ前提コジュナリ。三角関係だけど爽やかさを目指して書いてみました…。
「縁側浪漫譚」の小十郎サイド。ほろ苦い恋だけど、それを笑ってしまえるほど大人だといいな…。
嫉妬心バリバリで(この場合どちらに対してなのだろう)893な彼も好きですよ(笑)
「You like it laughingly」=笑ってしまうほど君が好き
(2007/02/10)


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