大好きな君の笑顔が見たいけれど。
無理したものが見たいわけじゃないから。
いつかが来るまで、待つよ。
[ 今 は ま だ ]
そよそよと吹いてくる春風が、何とも穏やかな田園風景に似合っている。
温かな日差しと相成って、今日は昼寝日和の昼下がりだ。
適当な丘の上の野原で寝そべっていた慶次は、気持ちの良い陽気に始終笑顔だった。松風も美味しそうに草を食んでいる。夢吉も既に夢の中。
「な・の・に! なーんであんたは相変わらずの不貞腐れ顔なんだい」
「別に我が何処でどのような顔をしていようと、貴様に関係はなかろう」
不満気な言葉とは対照的に、苦笑を浮かべている慶次を怪訝に思いながらも元就はつんと顔を背ける。
散歩がてらだと殆ど強制的に連れてこられたのだ。不満に思うのも仕方ないだろう。
それが分かっている慶次だからこそ、予想通りの反応に笑ってしまったのだ。
「そのうち頭に黴が生えるぜ?」
「それこそ無関係だろう」
また馬鹿なことを言っている、と眉を寄せた元就は、呆れたような溜息を吐いて草原に仰向けとなった。
同じように寝転がっていた慶次は、おや、と目を瞠る。
みっともないと言って真似しないだろうと踏んでいたのだが、元就はさも当然のように上品な着物を草の上に転がした。
見上げる空は薄ぼんやりとしていながらも青い。
慶次の言うように、確かに日輪の与える心地良さが全身で感じられた。
そういえば、こんな場所に寝そべるのは何年ぶりだろう。自分は小国の主であった毛利の子だったが、様々な事情でひもじい生活をしていた。野山を駆け回ることも間々合ったし、一日中日向ぼっこをしていて養母に心配されたこともあった。
何だか奇妙なほど懐かしい。
こんな自分が、今では中国全土を統べている。不思議なものだ。
「……天は、広いな」
「……うん」
ぽつりと零した呟きに、慶次は何も聞かずに答えた。
それだけで会話は終わるのだけれど。互いに行き交ったのは、形に出来ない多くのもの。
確かな言葉には、まだ出来ない。弱音だとか、立ち止まることだとか、ずっと赦されなかったからこそ口には出来ない。
慶次は分かっている。それでも構わないと、笑って待ってくれている。
「焦れぬか」
相手が自分と同じ感情を抱いてくれるまで待つということに、焦れないかと。
尋ねて振り向けば、優しい笑顔と出会う。
片恋に一度傷付きながら立ち上がった、強い眼差しが元就と交わる。
「それでも、俺はいいんだ。一緒にいられるだけでも僥倖ってね」
口調はあくまで軽いものだが、相当の覚悟が根底に眠っている。
慶次の想いに答えられない自分に、何となく居心地の悪さを感じる。それでもこれが自分だから、捨て去ることなど出来はしない。
「そのままでいいよ。無理に変わることなんかない」
にこりと破顔した少年のような彼に、切なさが込み上げる。
春の陽気は人の心にまで付け入るのだろうか。
優しさが、苦しかった。
やはり激務に疲れていたのだろう。連れてきて良かったと慶次は隣を見て思う。
いつの間にか静かになっていた元就を見やれば、微かな吐息とともに眠っていた。他人が傍にいても眠れるということは、信用してくれているのだろうかと慶次は少しばかり嬉しく思えた。
「本当に、俺は平気だよ」
独り言のようにぽつりと言葉を漏らす。
叶わなかった恋が、時折慶次の胸に影を落とすけれど。焦れったいと思わない時だって無くは無いけれど。
元就の中に温かいものが生まれてくれるのならば、いつまでだって待とう。
強いることはない。彼が、自分自身で望む日が来なくとも。恋しい想いに偽りなどないのだから。
「今はまだ、不自然な距離かもしれないけれど」
俺はあんたと一緒に、こうして空を見上げることが出来るだけでも幸せなんだ。
慶次は元就を抱き込むように腕を伸ばしながら、苦笑する。
「起きている時に笑ってくれると、もっと嬉しいけどね」
そうして、優しい春風を感じながら慶次もまた瞼を下ろす。
柔らかな寝顔の元就を抱き締めて、彼もまた微笑みを浮かべて眠る。
夢の中でも、隣にいられますように。
- END -
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創作者さんに50未満のお題・選択式お題(題目:おやすみ、いい夢を)より。
ほのぼのと切なさが紙一重な慶就。慶次は待てる男というイメージがするのだろうか、自分…。
普通に慶次は年上好みだと思うのですがどうなんでしょうか。
(2006/11/29)
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