も し も の お 話
もしもの話をしようか――。
そうやって言い出すのは大概政宗の方。
日向の中で穏やかな陽気に満ちた濡縁、背中合わせの二人は互いの顔を見ることはしないままで着かず離れずの距離を保ったまま話を続ける。陽光を拝むように外に向かって座る元就の傍に、勝手に政宗が現れて背に腰を下ろすのは最初からだったが、一言も声をかけずに細い背へと体重をかけてくるようになったのがいつからだったのか正確には元就も覚えていない。
そして、ほんのりと宿る人肌と微睡を誘う午後の日差しの中で元就が微かな寝息を立てるようになったことを政宗は知っていたが、彼の方は律儀にその日を覚えている。跳ねた鼓動の大きさが何よりも衝撃的だったのだ。
ともかくそんな風に政や戦とは無縁の空間で二人きりで過ごすようになってから、普段はくだらないと切り捨てるような言葉遊びも僅かばかりに交わすようになった。
そんな中で最近の政宗のお気に入りは、前述した通りの夢物語。
こうだったら、こうしてれば、と他愛もなくああだこうだと後ろで語る政宗の口調はあくまで静かでどことなく楽しげなもので、何もせずにただ互いの体温を感じるだけの空間の中を妨げる要素はなかったため、元就も相槌を返す程度に付き合いながらも薄っすらとした笑みを滲ませていた。
それが政宗にも雰囲気で伝わってきているのだろう。
時折弾んだような声で、じゃあもしも、と実際にはありえないだろう馬鹿馬鹿しさを盛り込んだ話を膨らませてみせた。
「小十郎の趣味が畑仕事じゃなかったら?」
「海にでも行っていたかもしれぬな」
「毎日が海産物のご馳走だな。野菜より魚介類の方が日持ちしねぇから調理が大変だ」
くつくつと互いに小さな声を漏らしつつ、上機嫌で政宗は寄り掛かった背中の上で僅かに身じろいだ。くすぐったい気持ちが込み上げて、ついつい子供っぽい話を続けてしまう。
こんな歳になってもそれが嬉しいと感じてしまうのは、何よりも隣にいる人の存在があるからに違いない。
くだらないと一言で終わらせれば、二度と政宗はこんなこと口にはしない。けれど元就は一度だって言わなかった。政宗が不意に吐露した夢想を、鼻で笑ったりしなかった。
出会い方を間違えていれば、きっとそれは現実になっていただろうに。
政宗は会話の間にぽっかりと開いてしまった沈黙の中、ぼんやりと部屋の中を見つめた。
本来ならば彼と自分が同じ場所にいること事態が異常なのだと、考えていないわけではない。
それこそ“もしもの話”だったのだ。
叶わないと諦めかけていたそれが今ここにある。
だからこそ政宗は、こんな話を己と同じく現実主義の気がある元就に対して語ってしまったのかもしれない。幼い頃に封じていたはずの、何の効力も持たない空想と願望の寄せ集めを。
「どうした、急に黙り込んで」
訝しんだ元就が、背後の様子を窺おうと首を振り向かせた。
その振動でぴたりと合わさっていた背中がずれて、政宗の体勢が傾く。ずるずると元就の背骨に沿って床へと降りて行った隻眼と視線が交錯した。
不思議そうにする元就に笑いかけた政宗は、ゆっくりとその両腕を愛しい人の身体に回した。
「――もしも元就と俺が近くに住んでいたら、毎日だって会いに行けるのに」
「今でも十分会っている方ではないか」
「……足りない」
「政宗」
「全然、足りねぇよ」
仰向けのまま俯いた政宗の表情は、順光側である元就からはよく見えた。
粗野で勝気な自信家の竜。漲らせる気配は将来の器の大きさを十分思わせるものだというのに、何故だか元就の前ではいつもこんな顔をする。
それが、どうしてだか気に入っている。
――どうしてなのかは分からないけれども、嫌な感情ではないことくらい元就にだって察せた。
「政宗。毎日会うのだったら、そなたに文も出せぬではないか」
「代わりに言葉を交わせばいい」
「そうか? 我は、こう……他愛の無いことを話すのはあまり得意ではないから、文を交わすのも悪くは無いと思っておる」
だからこれくらいで丁度良い、と困った笑顔で元就は政宗の手に触れた。
駄々を捏ねるように不貞腐れた声を漏らしていた政宗は、驚いて左目を丸くすると、一拍置いてがばりと身を反転させてもう一度元就の身体に両腕を回した。今度は頭が背につくほどぎゅうぎゅうと抑え込む様に――湧き立つ自身の鼓動に促されるまま、大好きなその人を放したくないと抱き締めた。
もし離れるようなことがあっても。
この気持ちさえ忘れなければ何度だって抱き締めに行けるはずだろう。
絶対に結ばれるはずがないと信じていた人に触れることが叶ったのだから、たとえ“もしも”の時であったとしても――この想いが今更消えはしない。
- END -
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拍手のログから。
べた甘だけどお互いに陰があって、何となくしんみりしてしまう二人。
それでも幸せだからやっぱり切ない要素が滲む感じ。
(2010/12/22)
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