酒に呑まれる
泥沼の淵に沈んでいるかの如く、力の入らぬ二人の肢体がそれでも互いをどうにか支えにし合って酒宴の終わった部屋の片隅で寝入っていた。
瞼は上下が深く接したまま動かず、白い陶磁の肌は不自然な程に真っ赤に上気している。一定の調子で刻まれる呼吸音がそれぞれの肩を揺らしたが、預けられている頭が起き上がることはなかった。
だらしなく伸ばされた足は珍しいほどに着崩れていて、太腿に無造作に乗せられたままの手元からは杯が零れおちている。
後片付けに追われていた小十郎は、酒瓶や膳をようやく全て下げさせた後になって、広間の隅の惨状に気付きこめかみを押さえた。
主君たる政宗は、斜に構えた態度を崩さぬ癖に酒には滅法弱かった。
下戸であることが悪いわけではないのだが、どうも彼は酒も飲めない自分というのが少し許せない部分があるらしく、自身が弱いことをそれを知らぬ者に教えることがなかった。そして知らされた後にも、強がってつい何杯も口にしてしまう場面も多々あった。
勿論政宗は意外と冷静さを失わない面があって小十郎は誇らしく思っているが、酒の席というものは皆が一種異様な空気に呑まれてしまうのが常である。政宗も例外なく、時折歯止めが利かなくなる日もあった。
大概、そんな時は小十郎がさり気なく取り繕うのだが。
此度の酒宴は自分の屋敷で、連なる者達も皆が気の置けない連中が揃っていた。身内ばかりの席は慣れたものなので、自分の限度というものを弁えてその空気を楽しんでいられる政宗が、ここまでへべれけ状態に陥る事は実は珍しい。
その原因はきっと――と小十郎は横目で、寝入っている政宗にくたりと寄り掛かったまま寝息をたてている元就を見やる。
政宗を介して付き合いがそれなりとなってきていたが、彼も酒に弱いとは知らなかった小十郎である。
実際、元就が酒を口にしているところを見ていないのだから当然だろう。
元就は己の誓いの元、酒精を断っている。必要ならば一口二口含む事もあったが、飲むというより舐めるような量だった。常に凛とした佇まいを崩さず、酔った姿が一番縁遠い。
だがそれは結局、彼がどの程度飲めるのかという指針にはならないので、元就が下戸だったのかどうか小十郎には判断が付かなかった。
しかし近くにある酒瓶からは匂いがする。元就が酌に付き合う時は、自分の物にはいつも水を入れていたから、これは本当に飲んでしまったらしい。否、政宗が飲ませたのが正しいだろう。
幸せそうに口を緩ませている政宗のやり遂げた顔を見るに――勝手な想像の範囲を超えないが――もしかすると、一度だけ酔った元就を見たかった、という単純明かな理由があったのではないだろうか。
恋い慕う人が奥州にいることで歓喜した政宗の羽目が変な方向に外れるのは実はよくあることなのだ。
渋る元就に、自分も飲みながら飲ませたのか。
そうして元就が酔う前に撃沈したのか、酔う場面まで我慢して一緒に寝入ってしまったのか。
明日は二日酔いで苦しむことになるだろう主君を思いながら、小十郎は皺が寄りそうになる眉間に指を圧し込めてやれやれと呟いた。
誰か、と呼び付けて、政宗の寝所から上掛けを一つ持ってくるように告げる。
下手に動かすわけにもいかないだろうと苦笑いを浮かべた小十郎は、寄り添ったまま静かな寝息を繰り返す二人の杯を持っていた方とは逆の手の在り処を見出して、再び困った溜息を吐き出した。
寄り掛かって折り重なった身体の影に隠れて、空いていた右手と左手がお互いを絡めるように繋がれている。普段は交わす言葉も数少なく、二人きり出ない限りは触れ合う素振りを見せないだろうに、まるで彼らの本心がそこにあるかのような気分にさせられた。
――まったく酒は怖いものである。
- END -
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酒に弱い伊達就と、世話する小十郎さん。
こんなゆるーい関係も好きです。
(2014/6/23)
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