※4設定も交えて、政宗ドラマルート後っぽい、小十郎視点のしょうもないお話。
 ※伊達就は付き合ってます。
 ※元就と勝家は初対面。
 ※小十郎はお付き合いを認めてないです。




後に片倉さんが勝家君と一緒に伊達就を見守ることになる話




 本日もお日柄よく。政宗様の忠実なる右目と自負しております片倉小十郎景綱でございます。
 こんな風に恭しく挨拶を交わしても、寝ぼけ眼の政宗様には何の事だかよく理解していないご様子。いつもであれば俺の不気味な敬語によって瞬時に場を支配している暗雲に気付いて、背筋をぴんと整えてしまうというのに、今朝はどこまでも無防備でいらっしゃった。
 何で起こしに来たのかと不思議そうにしている。
 というのも、今日はいつも通りの時間には起床しないと昨夜宣言されていたためで、もちろん俺は承諾した。
 寝汚い時刻まで惰眠を貪っているのならばいざ知らず、起こすのを遅らせろと告げてくる政宗様自身が結局はその時間よりも早くに起きるのが常のこと。
 世話人達の手を煩わせたりせずに、自分の好きな時間に起きてくる政宗様は、そうして遅い執務の時間がやって来る前に自室で好きな事ができるのが楽しいらしい。
 時間が空けば畑弄りに精を出す俺と似たようなもので、そうした時間を作ることができるくらいには政宗様の政務の分配はなかなか効率よく進んでいる。
 昨日とてそれは同じで。朝議をすることもなく、本日の朝の時間は政宗様の自由時間であったはずだった。
 だった――が。
 俺としては真に大変遺憾ながら、政宗様の大切な方がご来客となれば、無理にでも起こさないわけにもいかない。
 ほんっとうに、不本意でありますが。
 さっさと別れてくれないかな、などとはちらりと言わずに心底思っておりますが。
 報告せずに返したりすれば、癇癪持ちな政宗様が拗ねるのが目に見えておりますので、ここは小十郎も心を鬼にして(ん? 誤用だったか?)粛々と真実をお伝えいたしました。
 こうしている間に向こうが帰ってくれたらな、とか全然思っておりませんから。
 ええ全然!

「毛利元就殿がお見えになっておりますが――」
「ばっか! さっさと言えよ!」

 飛び跳ねるようにして床から起き上がった政宗様の周りが一気に煌めいた。
 己が竜王となると宣言した時よりも、寧ろ生き生きと輝いていて、これでよいのだろうか先代様と宙に呼び掛けたくなるくらいの豹変ぶりだ。
 これもまあ日常であるのが現状。
 俺は重い溜息をこれ見よがしに吐き出して、廊下で待たせていた侍女らを室内に呼び入れると、手早く政宗様を整えるよう命じた。
 あまりあれこれと勝手に着飾られるのをよしとしない政宗様ですが、今は時間もないことですし素直に身を任せています。
 召し物はいくつか侍女に持ってこさせたが、流石にこれには口を出してくる。
 ……小十郎は知っておりますよ政宗様。
 あの安芸の化け狐と会う時は、それこそ都の将軍と謁見する時よりも違う方面に気合を入れた格好で挑んでいるのを。
 はっきりと申しますと、完全に逢引前から力を入れ過ぎて空回っている小童でございます。
 それをきちんと告げておくのも忠臣たる務め。抑揚のない声で冷たく釘を刺しておくと、政宗様が心底嫌そうにこちらを見た。

「ぶーたれてないで、さくさく別れ話に持っていけばよろしいかと」
「よろしくない。全然よろしくない。何だ小十郎、今日はやけにつっかかってくるじゃねぇかよ。本音がだだ漏れだぜ?」

 分かっているのなら小十郎めの心労もご理解いただきたいわけですが。
 ――まあ今はよいでしょう。
 政宗様の身支度は整った。俺の贔屓目を抜いても、目の前の奥州王は随分な美丈夫に育ったと思う。昔はあんなにへっぴり腰で刀を掴んでいたというのに、ご立派になられて本当によかった。
 侍女を下がらせて、もう一度己の姿に悪いところがないかを調べた政宗様は、少し緩みがちであった両頬に力を入れてきりっとさせる。
 すると青臭い小童が堂々とした王の顔になる。
 ついでに浮かべた斜に構えた余裕の笑み。小憎たらしさと尊大さを両立させた政宗様の独特な笑い方がこうしてできあがる。
 小十郎に叱られてわんわんと泣いていた臆病な子どもが、女なんてとっかえひきかえ上等だぜ、という擦れた大人に見えるのだから成長と言うのは不思議だった。
 現在、同じ屋根の下で暮らしているあの御仁も、いつしか政宗様に影響されてそんな不遜な態度にでもなったらどうしようとも思った。

「おい、小十郎。今失礼なこと考えただろ」
「滅相もございませぬ。それでは毛利殿を連れて参りますので、政宗様はいつものお部屋でお待ち下され」

 おっと失敬。じっとりと睨んでくる政宗様を促しながら俺は歩き出そうと踵を返しかける。
 だがそれを主君が遮った。

「門前で待たせているのかよ? いい、俺が直々に出迎えてやるぜ!」

 鼻歌混じりに廊下を歩き出した政宗様にぎょっとして、俺は慌てて追い縋る。
 城主がわざわざ門前まで出迎えに出るなんて、相手との関係性を暴露しているようなものではないですか!
 何度でも言うが、俺は毛利元就が政宗様と恋仲だというのを認めたくはない。
 一部の人間は政宗の客人が大切な人だと言う事を知ってはいるが、末端や市井にまでこれが伝わってしまえばどうなるか分からぬ政宗様ではないでしょうに。
 竜王として世間に啖呵を切って、堂々と天下取りに名を上げた政宗様はそうは言ってもまだまだ若輩者という印象が強い。しかしそれは実力が足りないというよりも将来有望という見方の方が多いのが事実なのは嬉しかった。
 若い権力者というものは常々政略戦争の真っただ中に晒されるもので、政宗様とて例外なく縁談やら養子やらと様々な話が舞い込んでいる。将来的に妻を持つのも遅くはないという年頃であるから当然だろう。
 小十郎めがあれこれと審議し、臭そうな連中からの手紙はさっさと揉み消したり断わりの書状を返したり裏で脅してきたりと――あんまり声を大にしては言えないことを色々としながら吟味してきているが、この手の話を吹っかけても政宗様は飄々と逃げてしまう。
 まぁ、まだまだ戦場で駆けまわっている方が楽しい時期なのだから気持ちは分かりましょう。特に真田幸村と戦っている時の政宗様は本当に生き生きしていて、見ている方も清々しい気分になれます。
 伊達軍をざっと見回してもむさい男連中ばかりで華もなく、欲しい国や力があるのなら自分自身で掴み取るのが政宗様ですし、戦の方が好きと言わんばかりの好戦的な性格もありますので、まだまだ興味も湧かないのでしょう。
 そんな政宗様が、最近珍しく戦場から攫うように連れてきたのが儚い容貌の男だった、というのがまた誤解を招く形となったのか。
 結婚相手としての娘の紹介文の中に、若干数、小姓の紹介というのも紛れ込みはじめて小十郎は少し頭が痛いです。
 いえ、政宗様が男色だろうが伊達軍的には全く問題ございません。
 ですが、そういった噂がある中で、堂々と毛利元就とお会いになるのはどうかと思います。
 問題点は一つです。
 相手なんですよ、あ・い・て!

「お前の説教が前よりも辛辣になっているのは気のせいか?」

 口を酸っぱくさせながら早歩きの主君に言い募ると、呆れたような隻眼がこちらを見ていた。
 政宗様は全く反省がない様子。

「毛利さんと会えんのは一年に二回あったらいいなってぐらいだぞ。貴重なんだよ! 文で満足できるほど俺はまだ枯れてねぇ!」
「ぎゃー! 堂々と仰らないで下さい!」
「誤解ぐらいなんだ。毛利さん相手なら誤解されても問題ない。むしろ望む所だぜ!」

 恋は盲目。いやいや、政宗様、何を言っておりますか。
 政宗様が男相手に懸想しているのは事実だ。
 揺るぎない。悔しいけどな。
 だが、相手は中国の雄である。未だにしつこく政宗様に取り入ろうとする連中にばれたところでどうこうできる相手ではないが、間違いなく周りに飛び火する。
 それを収拾させるのは一体誰かと小一時間問い詰めたい所存でございます。
 先の連れてきた男――柴田の件でも、伊達軍内で様々な議論が飛んだものだ。事情を知る者、知らぬ者から、政宗様に近しいからこそ驚きが隠せない者などなど。
 政宗様としては心外だったろう。
 柴田勝家を不憫に思いその手を取ったのは、かつての俺が与えてくれたという世界を見せてやるんだという、労わりと政宗様が抱いていた己自身へのけじめがあったからだ。
 深い意味はない。それが全てだった。
 しかし周囲は騒ぎ立てるから噂が尾ひれをつけて泳ぎだしてしまうのだ。暗い檻から連れ出した意志の薄い男が、ここにきてもまたもや陰口を叩かれる状況に、政宗様が一喝したのも記憶に新しい。
 俺から見れば二人の信頼関係はなかなかのものに育ってきているように見える。
 あくまで対等に接してくる政宗様の真意が分からないでいたあいつも、先の戦いでようやく扉が開けたらしくて表情も口調も前よりずっと人間らしく柔らかなものに変化してきている。
 政宗様は弟君を亡くされているから、構い倒せる相手がいることが本当は嬉しいのだろう。
 友情のような親愛のような。不思議な関係だったが俺はとても好ましく思っている。
 毛利との関係だってそのようなものであれば大歓迎したのだったろうか。いや、やっぱり奸計の線を疑っていたかもしれない。
 それでも、何だかんだで許せていたのだろうに。

「な・の・に! どうしてなのですか政宗様っ!」
「いい加減離せ小十郎! 毛利さんを待ちぼうけさせるわけにはいかねぇだろうが!」

 真面目に感傷に浸っている間もなく、現実世界では俺と政宗様の攻防が未だに続いている。
 門までまだ距離はある。
 何とかその間に、政宗様の態度を改めていただかなければならないと俺は使命感に燃えていた。
 のだが。

「……伊達氏、片倉氏……何をしている」

 ぬっと向こうの廊下の角から現れたのは、背格好の大きな座敷童――ではなかったな。訂正しよう。

「か、勝家! 助けろ!」
「え……いや、何を……」

 いきなり切羽詰まった様子で声をかけられて、柴田の奴は困惑気味に近付いてきた。
 今は具足のない平服姿であるが、相変わらずどんよりとした暗い空気を纏っている。
 鬱々とした気ではあるが、こんなもの自責と自虐で部屋に引き籠りするときの政宗様よりも断然ましというものだ。あれは本当にいただけない。

「よいところに来た! そこの客間に客を通すよう門番に伝言してもらいたい」
「しかし……伊達氏が……」
「政宗様は寝起きでいささか興奮しておられるのを今からちょっと黙らせるからさっさと行ってこい頼む」
「小十郎、小十郎……なんかその目がマジなんですけど……」

 ようやく少し冷静になって下さったのか、政宗様が若干冷や汗を掻きながら足を止めた。
 ああ、ようやく分かって下さいましたか。
 反抗してはいけない空気を悟ったのか、柴田はぽかんと開けていた口を慌てて閉ざすと速足で門の方へと向かってくれた。
 これで一段落だ。

「さて政宗様、お客人をお迎えしましょう。あくまで、お客人でございますからね。肝に銘じてくださいませ」
「小十郎の鬼ぃ……」

 政宗様の首根っこを引っ掴んで、廊下をずるずると戻っていく。
 朝から余計な体力と気力を削り取られたような気がして、俺は再び溜息を吐き出すのだった。


 しかし、天は俺を休ませてなどはくれなかった。


 客室で政宗様を押し留めていると、柴田が帰ってきた。しかも足音が一つ増えている。
 伝言ではなく直接連れてきてくれたのかもしれない。
 彼と毛利は、元々敵対関係にある陣営に所属していたのだから戦場で互いの名前くらいは知っているだろうが、直接の面識はない様子だった。
 伊達家から出てきた案内役がまさかの柴田勝家で、私用で訪れた客人がまさかの毛利元就だとはお互い気付かないはずだ。
 はずだ、が。
 俺はどすどすと廊下の床板を踏み抜きそうなその足音によって、客人の機嫌が最悪なのを感じ取ってしまった。知りたくなかった。
 そうして勢いよく開かれた襖から現れた毛利は、上座にいる政宗様を見つけるなりに苛立ったような声を上げてきやがった。

「きっ……さまっ! よくも抜けぬけとあのような戯言を吐いたな! 我をこのように不快にさせるとは駄龍めが覚悟はできておろうな」

 久しぶりに顔を合わせた恋人達は、そうそうに修羅場へと突入した。一気に先程の騒がしさが戻ってきたような気がして俺はこめかみを抑える。
 おいおい、あんたもかよ毛利元就。
 激昂している毛利に一瞬何事かと理解できないまま驚嘆した無防備な顔を向けた政宗様は、流石にすぐにそれを切り替えて悠々と言葉を返す。
 余裕ぶるのはよろしいですが、微妙にへっぴり腰になっておりませぬか政宗様。

「久しぶりだな毛利さん。会えて嬉しいぜ、My Hony? 何か誤解でもあったか」

 うっとりと愛しい人を口説くような甘さを含んだ言葉に辟易とさせられる。
 政宗様、政宗様。
 まだ小十郎めがおります。柴田もそこにおります。政宗様がよく仰られるPrivacyとやらでございましょうから、夜に自室でこっそりお願いいたします。
 政宗様の精一杯の挨拶も毛利の奴には耳に入っていないようで(奴にしては珍しい)端整な面持ちを素直に歪めながら、追い付いて所在なさ気に佇んでいた柴田をいきなり指差す。

「しらばっくれるな伊達! ではこの男は何なのだ!」

 語調を強める毛利の顔は興奮で赤い。常に冷たい無表情ばかりを見せる男が、こんな風に感情を剥き出しにするところを俺は初めて見た。
 政宗様は別段当然と言う顔をしていたから、もしや二人が逢瀬する時の毛利はこんな風に分かり易い人間の温かさを見せているのだろうか。
 急に話題を振られる形になってしまった柴田は、暗い前髪の下で怪訝な顔を滲ませている。こっちもこっちで無表情が凝り固まっていたが、普段の毛利ほどではない。
 政宗様から言わせれば分かり易いじゃないかとのことだが、もしや、毛利と付き合ううちにこういった表情の変わらぬ者の意図を探るのが上手くなっているというわけではないだろうか。
 さて、そんなことよりも現状把握だろう。
 毛利が柴田を指差して、政宗様に怒っている。第三者の俺がいるというのにその感情を隠そうともしない。
 女の悋気にも似た――ん?

「毛利、てめぇ勘違いしているんじゃないか」

 黙って成行きを見守るつもりだったが、思わずぽろりと口から言葉が飛び出してしまった。
 横から口出しとは馬に蹴られそうなので普段は我関せずの態度で貫くものの、巻き込まれかけている柴田が少し気の毒になったからだろうか。
 目から鱗のように出てきた答えが、自然と零れ落ちていく。

「そいつはお前と違って政宗様の情人ではないぞ」

 ――空気が凍り付いたことで、俺はようやく自分の失態に気付いた。


 とりあえず俺は完全に被害者である柴田には誠実に謝っておいた。
 政宗様の言葉を信じてついてきてくれている立派な一介の武人に対して何という言い方をしてしまったのか。侮辱にもほどがあるだろう。誠に申し訳ない。
 話についてきていなかった柴田は、ようやく政宗に対して元就が諍いめいた行動をしたことに気付いて、己が痴話喧嘩の原因(完全に濡れ衣であるが)だと合点がいった様子で。こちらも珍しいほどに困惑しつつも苦笑を滲ませていた。
 一つの誤解でも酷く思いつめてしまう性格の彼が、軽く受け流してくれたところに政宗様の努力の成果が見えてほんの少し嬉しくなった。
 だが慣れた風であるのは、ただこういった間違いをされるのが、もしかすると初めてではないだけなのかもしれない。
 だが奴の元いた軍は織田であり、風の噂では浅井に嫁いだ魔王の妹に横恋慕していたらしいというのを小耳に挟んだことがあるため、俺はそれ以上想像を深煎りさせないよう心掛ける。あの界隈は修羅や羅刹やらが跋扈していそうな泥沼関係。勘ぐるだけでも何かに呪われそうな気分となるので、見ないふりをしなけりゃやっていられん。
 柴田はまあ、ともかくとして、俺が直接的に被害(いや、俺の失言が問題だったのは分かっている。被害ではなくて罰ともいうべきか)を被ったのは、怒り心頭の毛利からだ。
 戦場ではないので輪刀は持っていなかったから油断していれば――どこから出したんだその焼け焦げる采配。
 政宗様の情人だというのは本当の事だろうが。認めたくはないが。
 さっきまでは政宗様に向けられていた怒声が何故か俺の方へ飛び火して、一層部屋は騒がしい。
 こういう時は渦中の政宗様が何とかされるべきでしょうが。
 俺がそんな視線を投げ掛けても、先程のやり取りにぽかんと口を半開きしていた政宗様が、今度は逆に小憎たらしい様子でにやにやとみっともない笑い方をしているのを見てしまっては、気も遠くなるというものだ。
 物凄く喜んでいらっしゃいますね政宗様。
 小十郎には分かります。
 お二人が相思相愛なのは本当に、ほんとーうによく分かりましたので。
 ――俺を巻き込むのは止めていただきたいです。今の小十郎が願うのはその一点のみでございますよ。



 - END -





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タイトル思い浮かばなかったのでそのまんまです。
珍しく小十郎の一人称でした。勝家を伊達就に絡ませたくって四苦八苦。
(2014/6/11)


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