蒼の天
崩れ落ちていく青い幻影。
曇った空からは冷たい雫が降り落ちている。
――動かない指先。呼吸すら雨音に消されていく。
具足が重い。刀を持った手が重い。奪った命は重い。重くて、重過ぎて、このまま倒れてしまいたいくらいに。
――だのに綺麗に笑っている。愛しい人の胸の中で死ねたと、愚かな男が笑っている。
嗚呼、遠雷よ。
どうして今、この身にその天の鉄槌のような輝きを降らせてくれないのだ。
「暗い顔してんな」
元親は陣中にて首実験を終え、四国へ発つ準備を進めていた。
とはいえ戦の最中に降り出した雨はいまだ止まず、今日明日は瀬戸海へ船を出せそうも無い。
そうした経緯があるからこそ、賓客として元親は今こうして元就の部屋にずかずかと入り込めている。
無作法に声をかけてきた元親をちらりと横目で見た元就は、再び濡れている景色へと視線を戻した。
連れない相手との付き合いは長く、既に慣れている元親は呆れ混じりの苦笑を浮かべて彼の隣に黙って腰掛けた。
「さっき首を見てきた。随分と綺麗にこさえてたな」
ぴくりと元就の肩が震えたことを見とめながらも、元親は軽い調子で言った。
外を眺め続けていた元就は微かに俯く。
さらりと亜麻色の髪が重力に引かれてその横顔を隠す。
「……最期くらい、伊達男として着飾らせてやったまで」
呟いた声音は、低く小さく元親の元まで届かなかった。
東の諸国の動乱は、この西の国々にまで火の粉を散らした。危機に陥ったのはまず中国。そしてこの中国を失えば、本州全土を相手にしなければならない運命に晒された四国と九州。
毛利を落とされるわけにはいかず、島津と長曾我部は互いに同盟を組み、毛利と共に中国で戦い続けた。
そしてこの日、とうとう東国諸侯の一人を討てた。
東北の猛者、伊達の独眼竜を。
「政宗を討ち取ったのってお前の軍だろ? あんな雨の中の混戦でよく大丈夫だったな」
「我と一騎討ちを申し立てられた。稲妻を生み出す六爪なぞ、雑兵では無駄死にするばかりだ」
そう言って元就は、いまだ轟く空模様を仰ぎ見る。
羨望しているような眼差しを、彼の愛した日輪のない空へと投げかけている。
「お前が殺したのか」
元親は笑みを隠し、じっと元就を見つめた。
一向に顔を合わせようとはしなかった相手は、そっと振り返る。
「ああ、我が、手を下した」
無表情の顔。凍らせた仮面を被っている顔。
なのに、元親にはそれがいつも泣いているように見える。薄い氷の向こうが、きれいな泣き顔で歪んでいるように思える。
それを見透かすことができるのは自分だけなのだろうけれど。
それを、泣き止ますことができる人は自分ではないのだ。
「……奥州の独眼竜の名は、きっと未来永劫忘れられないだろうな」
困ったように笑った元親を見て、元就は少しだけ口の端を上げてくれたような気がした。
――最後の逢引が戦場でだなんて、本当に、笑える世の中だな。
どこにもいない男の声が蘇る。
元就は再び空を見た。自分が向かうことの許されない、見えない世界を。
折れた爪を捨てた両腕で、輪刀ごと力強く抱き締めてくれた片目の竜。
彼は今頃、あの天に無事還っていったのだろうか。
- END -
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ダテナリ←チカのはずですが、微妙すぎてチカちゃんの気持ちが分からなさすぎという罠。
自分の壁である輪刀ごと抱擁した政宗と、国を守るために好いた相手を殺した元就。
そんな覚悟が自分にはあるのかと薄っすら考えながら、元就の隣にいられることを幸福と思っている元親。
……そんな関係の設定がございますが、いつもどおりに雰囲気で感じて下さい;;
(2006/10/05)
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