秋雨
細い雨垂れが朱色に熟れた烏瓜を濡らし、雫がその面を一層輝かせた。霧のような心地良い湿気に晒され、赤と緑が程よく入り混じった楓の色がしっとりと彩りに深みを持たせる。
縁側から見える中庭の風情に、客人はほぅと感嘆めいた溜息を吐き出した。
「北の紅葉は見事だと聞き及んでおったが、成る程、言うことはあるな」
「だろう? 霧雨が降っている時が一番beautifulなんだぜ。アンタ、運がいいなぁ」
自ら持ってきた茶を飲みながら、政宗は得意気に笑ってみせた。小憎たらしいいつもの笑みではなく、純粋に嬉しそうだ。そうやって見せる政宗の表情が元就は少し気に入っている。
政宗の横顔を見ていた元就は、気付かれる前にそっと庭へと視線を戻した。
何度眺めても、美しい。
季節は夏を越え、晩夏も過ぎ去った頃。だが秋口に入ったとはいえまだまだ西は暑い。それ故に奥州のような北国では既に紅葉が始まっているということが、元就にとっては俄かに信じがたいことだった。
自国の話をしていた政宗へと珍しく素直にその疑問を投げかけてみれば、相手は今のような笑みを浮かべて招待すると言ったのだ。
雨の日はあまり好きではない。
けれどこうして見てみれば、趣のある景色なのだということを再認識させられた。
「気に入ってくれたかい?」
熱心に庭を見詰める元就に、政宗は破顔したまま尋ねた。
こくりと頷く仕草が案外幼く、彼はますます笑みを深くした。
会話の延長のような軽い約束を律儀に守り、元就ははるばるこの北の地まで訪ねてきてくれた。それだけでも堪らないほど嬉しかったのに、こうして隣に座って自慢の庭を眺められるなんて夢のようだった。
子供のように弾む胸の内を押さえながら、政宗は降り注ぐ雨音に耳を寄せる。
静かだ。
広い世界の中、まるで二人きりのように。
「今度……」
「ん?」
途切れていた会話を呼び戻す声に振り向く。元就の琥珀の双眸が、政宗の一つ目を見上げていた。
機嫌が良いらしく、ゆるりと細められた瞳が穏やかな色を映し出している。
「春先になったら我の元へ来るが良い。桜の開花が早いからな」
霧雨に手を差し伸べながら元就は不意打ちのように笑った。
政宗は目を瞠り、それから不覚にも頬を赤く染めた。
元就から誘うことなんて初めてだ。
これは、自惚れてもいいのだろうか。
「アンタから言ってくれるなんて、明日は嵐が来るんじゃねぇか?」
「ふん。せいぜい有り難味を感じるが良かろう」
あっという間にいつものつれない顔に戻り、相変わらずの可愛くない返事を返す。
それでも政宗は満足だった。
ああ言いながらも元就は否定しないのだ。
「くくく……だってなぁ、まるでproposalみてぇだぜ?」
我の元へ来い、だなんて。
異国の言葉が分からない元就は怪訝な顔をしている。
それが余計に可笑しくて、政宗はとうとう声を立てて笑い出した。
「求婚、ってことさ」
庭の楓よりも赤く染まった相手の顔を、政宗は楽しげに眺めた。
まだ、雨は止まない。
- END -
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……ら……らぶらぶ……???(滝汗)
殺伐とした二人も好きですが、こういう和やかな雰囲気も好きです。
でもここまで両思いにするつもりはなかったのに……な……;;
(2006/09/05)
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