赤い津波で笑う槍
真っ赤に染め上げられたのは大地? それとも自分?
手にしていた槍は刃先から握り締めている柄までもが血に濡れていて。
自分の纏っている姿も頭から足先までどす黒い紅に染め上げられていて。
背に受けた矢が内臓を傷つけたのか、こぽりと口元から自分の血液が零れ始めていた。荒く呼吸を繰り返すたび、それは顎を伝ってどんどんと流れていってしまう。苦しかった。
だけど倒れることはできない。
帰ろう。早く、帰ろう。
愛しい、彼の元へ。
ごぽりごぽりと垂れる血溜まり。ふらりふらりと憶測の無い足取り。もがく手。荒れる息。悔し涙。雄叫び。握る槍。
止まることの無い赤の波の中、彼はただ走り続けた。
俺の死ぬ場所はそこにだけ。俺の死ぬ場所は戦場の中にだけ。敵の本陣に屍を晒さねければならないのだ。
彼のところへ行きたい。でも、まだだ。
――さぁ、槍を揮おう! さぁ、血を浴びよう! さぁ、錆になりたいのは誰だ!
早く帰ろう。
早く帰ろう。
彼の元へ。彼の傍らへ。
一分一秒でも早く、早く、早く、逝きたいのだ。彼は俺を連れて行ってくれないから。だから戦う。この汚らしい世の中に、俺という存在を刻み付けて俺から彼を奪った世界に今度こそ後悔させてやろう。
世が泰平へ近づく礎になろうという葵の男を屠ってやろう。
――今度こそ貴様の首を狩って、隠り世への手向けにしてやる!
「先程幸村様が、討ち死にされたと」
「……どんな顔をされていた」
怒声の行き交う戦場の中、真田の赤備えを身に纏った男は黙って報告を聞いていた。その間にも敵との交戦は容赦なく続く。
何故なら、男は大将である「真田幸村」であったから。
「猛鬼のようなお顔でございました。されど、されども」
震える兵の声。泣くな、と叱咤して男は吠える。十文字の槍を掲げて叫ぶ。
――我こそは真田幸村! この首取れる者はまだおらぬか!
誇り高き主のように、猛々しき心の叫びを戦場へと轟かせる。徳川の兵が一層畏縮し、そこへ同じく赤染めの兵達が雪崩のように突っ込んでいく。
「されども、笑っておいででした」
嗚呼、と男も思わず微笑んだ。哀しい笑みだった。
主は首を取れなかった。本当は悔しかっただろうけれど、とても幸せな瞬間だったろう。
死という絶対的な壁に別けられた、彼の愛しい人の元へ逝けたのだから。
生きろと。誇りを失うなと。言って残した自身の忍のために、主は今日まで刀を放り出さずにいた。真田の六文銭を胸に、戦うことを止めなかった。最後の約束だったから。
「幸村様……我々も、誇りだけは守り通しまする。それがこの、赤を纏う者の覚悟」
男はぐっと柄に力を入れ、先陣を切って走り出した。幸村のように。
それに続く赤の波。命の灯火が消える瞬間まで、彼らは進むことを止めなかった。目指す首を取るまで、止めることはできなかった。
「――佐助。今度はきっと極楽浄土にて天下を取ろうな。お館様と、幸村様と、皆で……」
そして男もまた、笑った。
- END -
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また死にネタでごめんなさい……;;しかも史実+捏造ネタ;;;
佐助は徳川軍に殺されている状態で、史実の大阪夏の陣最中、みたいな。
真田関連の某小説で、影武者の「幸村」に本物が死んでも名乗り続けろ、と幸村が言って出陣していくシーンがあって……泣けます。
影武者はもちろん十勇士だったのですが、この話では特に特定無しです。私的には才蔵か小助あたりで。
(2006/10/08)
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