「聞いてくれっ! はっちゃんが私の頭を撫でてくれた!」
「おおっ良かったなー兵助!」
「だろだろ、いいだろ! 豆腐断ち三日の願掛けは通じたんだ!」
「その調子だな兵助!」
「ありがとう勘右衛門!」


「……何で君達」
「他人の部屋で暑苦しい友情確かめ合ってんだよ」


++ Fight! ++


 鉢屋と不破は無言で顔を見合わせた後、声を揃えて静かに呟いた。
 黒々とした目玉が二組、不思議そうに彼らを見つめたがどうやら意味が通じていないらしい。揃って首を傾げた。

「めでたいじゃないか、兵助の苦節五年目の片思いに進展が芽生えたんだ。親友としては嬉しい限りだろ?」
「勘ちゃん優しいー。流石薄幸の十六年目ー」
「棒読みで人様の古傷を抉るんじゃねえぇ!」
「そんなに泣くなって。もっと弄りたくなるだろ?」

 握り拳で熱く語る尾浜と生温い視線を投げ掛ける鉢屋の漫才はさておき、久々知は幸せそうにひょこんと跳ねている前髪の辺りをしきりに触っていた。
 きっと竹谷がそこに触れたのだろう。
 低学年に囲まれて委員会に務めている竹谷は、同年代相手でもついつい無意識の内に小さい子と同じような接し方をすることが間々ある。
 そういえば、と不破も自分の前髪を撫でた。

「八左ヱ門って自分の髪には無頓着だけど、僕達のはよく見てるよね」

 湿気を含むと凄まじいことになるこの柔い毛を、まるで動物相手のように荒々しく撫でていく竹谷の手を思い出して苦笑が浮かぶ。
 幼い頃は先輩達に褒められた時そうやってよく撫でられたけれど、この歳にもなれば気恥ずかしさも手伝ってなかなかそういった機会に出会わない。
 けれど竹谷は相変わらず野山を駆け回る子供のように純朴で、気にした様子もなく無意識に触れてくるのだから困ってしまう。
 ――勿論、いい意味で。

「僕は兵助の気持ち、分かるなぁ」

 ありがとうと笑いながら触れられた指先の優しさを思い出し、不破はほんのりと笑みを口の端に浮かばせた。
 時折伸ばされる竹谷の手をいつの間にか待っている自分がいる。
 飛び上がりたいほど嬉しい久々知の想いの強さは、この比ではないだろう。

 だからこそ共感を覚えてそう言ったのだが。

「ら、雷蔵、お前もなのかっ!?」
「そうなのか雷蔵! よし、お前の事も応援するからな!」
「何ぃ!? 雷蔵の浮気者ぉぉ!」

 稲妻に打たれたような効果音と共に衝撃を受けた様子の久々知。
 何か面白い物を見つけたようなきらきらとした眼差しを向けてくる尾浜。
 冗談なのか本気なのかちょっと殴りたいくらいうざい顔をした鉢屋。

 三種三様の反応を返されてしまい正直困ってしまったけれど、何だかそれが可笑しくて不破は思わず噴き出した。
 愛すべき親友達の呼吸の合わせ方が素晴らしいの何の。
 一気に賑やかになった三人への応答を曖昧に返しながら、不破はもう一度自分の髪に触れてみる。何だか一層、この感触が温かく思えた。

「いや、でも待て。三郎もこの間はっちゃんに撫でられかけて突っ撥ねてたよな。もしかして照れ隠し……はっ!」
「何っお前もなのか!?」
「ば、馬鹿野朗っ! 何勝手に恋敵を見るような目で睨むんだよ!」

 この騒ぎを聞き付けた竹谷が一体どんな反応をするのか怖いような楽しみなような。
 とにかく一つ分かったことは。

「大概みんな、八左ヱ門のこと大好きだってことだよね」

 のほほんと締めた不破の言葉に一瞬静寂が戻る。
 再び三人が顔を赤く染めたり、嬉しそうに口を緩めたり、憤慨気味に喚いたりとそれぞれ過剰な反応を示すのはもうすぐのこと。 





おしまい


2009/10/29
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