ちょっと危険物のためワンクッション。
性的表現含みます。























[ 夢の残滓 ]



 暗い部屋には絡みつくような独特の空気が取り巻いている。
 軋みを上げる寝台は所々赤に染みが広がり、小さな薔薇園のように豊潤な血の香りを匂わせている。

「……い……あぁ!」

 掠れた声音が一際大きな声を上げ、もう一つの声が息を詰める。
 それが終わりの合図。
 だらりと弛緩した身体を放るように倒し、寝台が音をたてた。抱いていた腕は何の感慨も無く手放され、気遣う様子も見せない。
 激しい交わりの後、二人の間にあるのはドロリとした感情だけ。言葉なんて、飾り以下だ。

 受け止めた衝撃に身を震わせているデスサイズは、焦点の合わぬ視線を虚ろに彷徨わせた。
 それを一瞥し、トールギスは寝台から腰を上げる。淡々と落ちている衣服を拾い上げ、寝台に背を向けて着込んでいく。
 軽い振動に気付いたデスサイズが視線を向けたときには、自分のつけた爪跡の残る背中はもうすでに見えなくなっていた。

「トール……ギス、様……」

 喘ぎ、潤いを無くした喉からは、普段よりも艶めいた声が漏れる。枯れてしまったそれに呼びかけられ、トールギスの肩が少しだけ反応した。暁色の鋭い瞳がついと振り向く。
 デスサイズは乱れた髪の隙間から彼の姿をぼんやりと見つめた。
 腕に力を入れて起き上がろうとするものの腰が痺れたままで、重力に従いシーツの波の中へと戻る。
 その姿にトールギスは何を思ったのか、残酷な嘲笑を浮かべた。
 手負いの獣か。死に掛けの篭の中の鳥か。
 どちらにしろ、自分が手折ったという確かな証拠のあるものに見えたのだろう。デスサイズは何も言えずにただ俯いた。
 最後にマントを見につけると、一言も言わずにトールギスは部屋を後にした。静寂が、戻る。



 + + + + + + + +



 要塞を訪れたデスサイズを、半ば強引にガーベラは部屋へと誘った。
 研究室のさらに奥にある彼のプライベートルームの扉は、久しぶりに開かれた。デスサイズが以前来たときと全く同じ様子の部屋。誰かが時折掃除をしているのか、埃は積もっていなかった。
 家具が殆ど無いこの部屋は時を止めているようだ。ベッドの皺でさえ、前回の来訪と同じに見えた。

 扉を隙間無く閉め、ロックしたことを確認したガーベラは振り返った。デスサイズは、ぼんやりと部屋の中央に立ち尽くしたまま動かない。その細い背中を抱き締め、少しだけ自分より低い視線に合わせてガーベラは背を丸めた。長い暗色の髪が、ガーベラの頬を擽った。
 存在がそこにあることを確かめ、ガーベラはゆっくりと呼吸した。いつもならば微かに湿気を含んだ不思議な香りのする相手の身体からは、血の匂いが漂っている。
 驚いて思わず身を退いたガーベラに気付き、デスサイズはのろのろと顔を上げた。
 仮面に遮られて表情は分からない。しかし、彼の纏う空気の重さは何度も感じたことがあった。
 これは――。

「デスサイズ!」

 切羽詰ったガーベラの声を認識した時には、デスサイズの視界が明るくなっていた。仮面が剥がされ、代わりにガーベラの顰め面がそこにあった。
 ベッドに倒され上体に乗られているのだな、と妙に冷めた思考の中で思い当たる。
 ガーベラは無遠慮にデスサイズの着ているローブの合わせを開いていった。抗うことにも疲れていたデスサイズは、ただそれを眺めている。
 素肌が露わになった頃、ガーベラの表情に険しさが増した。
 白く日に当たらない肌の上には、あちらこちらに赤黒い痣と手当てもされていない傷がいくつもあった。軽い鬱血の痕も見られ、性交と共に与えられた暴力の痕だと知れる。

「手当ては」

 わざと棘を含ませた言葉でガーベラは訊ねた。
 デスサイズは「お節介ですねぇ」と笑った。普段よりも、全く覇気がなかった。

「これから抱く身体が他の者の残り香を纏わせているなんて、考えるだけでも嫌なだけだ」
「そういうことにしておきますよ」

 吐き捨てるように言うガーベラに、デスサイズは困ったような笑みを返す。彼なりの優しさだということが分かるからこそ、はぐらかした様な台詞しか浮かばないのだ。
 苛立った様子のガーベラは、むっつりと口を閉じたまま淡々と治療の手を動かす。
 デスサイズは抵抗するわけも無く、ただ天井を見上げていた。想いを馳せているのは彼の主だろうかと思うと、訳も無くガーベラは怒りを感じずにはいられなかった。

 一際大きな痣を労わってやり、ガーベラはデスサイズの身体を起こした。傷に触らないようにゆっくりと抱き締める。

「お前、このままだと抱き潰されるぞ」

 耳元で呟いた言葉に、デスサイズの背中が一瞬引き攣った。
 ずっと溜めていたことを吐き出したガーベラは、小さな頭を宥めるように左手で抱き込んだ。

「どうして奴にそこまで好きにさせる必要がある? お前はお前の望むものが他にあるのだろう」

 普段は決して核心に近づくような発言は、互いに許されない。それとなく逸らし合い、化かし合うことが日常。それが暗黙の了解とされていた。
 けれどガーベラの中では、デスサイズの存在はすでに捨て置けるほどの比重ではなくなっていた。もしかしたら彼を選んでしまうかもしれないと、ガーベラ自身薄々理解していた。
 そんな彼の人格を見ようともしないあの男が。デスサイズへの想いと比例して疎ましく思えた。

 忌々しい男。何もかもから裏切られた私から、まだ奪うというのか。

 デスサイズは決して何も言わない。
 曖昧に笑って、それで終わり。
 傷だらけの身体や穢されていくばかりの心は、徐々に悲鳴を上げ始めているというのに。

「駄目なんです。全部捨てると決めたのに、未練がましい私は未だに躊躇している」

 そっと冷たい手が背中に回され、ガーベラはデスサイズの顔を覗き込んだ。
 笑っている。それは常に身を守るために飾っている嘲りや侮蔑の笑みではなく、こうして仮面の奥で見え隠れしている本当の彼の姿で。生来の優しげな面差しは、寂しそうに微笑む。

「だって、あの人には私しかいないから。あそこにはあの人しかいないから」

 そんな顔で、そんなことを言われれば、ガーベラはもはや押し黙ることしかできなかった。
 デスサイズはガーベラを確かに好いている。
 けれど同時に――否、それ以上に彼は、トールギスを想っている。
 彼自身、それは同情心や憐れみが掏り返られた感情だと思っているようだが、同じ想いをデスサイズに寄せているガーベラは違うということに気付いている。
 ガーベラは、彼がデスサイズとして生きることを選んだあの日からずっと、誰よりも真実に近い場所で彼を見てきたのだから。
 軋みを上げる胸の回路が痛む。
 ガーベラは回した腕に力を込めた。不思議そうに頭を傾けたデスサイズの仕草に自然と目元が熱くなる。
 駆け抜ける衝動のまま、ガーベラはデスサイズを押し倒した。傷を癒すように、痕を消すように、口づけを余すことなく降らせていく。

 自分はあの男と違うのだと分からせるように、傷つけるようなことはせずただ愛するために抱いてやる。
 けれど、デスサイズは気付いているだろうか。
 行為の最中に理性も体裁も失った瞳は虚空を見つめ、あの名を呼んでいることに。

 お前は今、優しいあいつに抱かれる夢を見ているのだろうか。
 それでも私は構わない。
 ――構わないんだ。





-END-

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報われない三角関係が好きです<何
三人とも自尊心が高いので弱音を吐きそうもないですが。
(2005/08/31)