・ 夕涼み ・
天宮の国も残り半分。
主である騎馬王丸は着々と天下統一の道を歩んでいる。
そのため戦も大きくはなるが、兵数も均衡しているためか今のところ硬直が続いていた。
実際、阿修羅丸が先日までいた地域の戦いも、両者引き上げという何とも言いがたい結果に終わっている。
悔しく思い頭を垂れて報告した阿修羅丸に、騎馬王丸は苦笑をしていた。
「この戦局ではなかなか次の手を打てぬ。が、それは相手も同じだぞ」
ぱちりと将棋の一手を指し、騎馬王丸はそう言った。
「しかし騎馬王丸様――」
「逸る気持ちは良く分かる。だが焦りは隙を生み、隙は敗北を生むものだ」
静かに諭す主の言葉に、阿修羅丸は少しだけ眉を寄せた。
過去、自分に生き恥を晒した男を思い出しからである。
騎馬王丸が言いたいことは理解できる。
焦燥に駆られたまま戦を重ねても、いつかは死を迎えてしまう。
己が復讐を誓った相手と再び合間見えることもなく、ましてや天宮の平定がなされる瞬間を見ることもなく。
「はっ、肝に銘じておりまする」
「しばらくは睨み合いが続くであろう。少し、外へ出てみろ」
こうして、騎馬王丸から頭を冷やす名目で暇を出されたのだが。
幼い頃から修行にばかり励んでいた阿修羅丸には、休暇の過ごし方など思いつくものが無かった。
やはりここは技を磨いておくべきか、と着替え終わり部屋から出た。
ちょうどその時。
慣れた気配が頭上を通った。
「虚武羅丸か?」
名を呼んでみると、騎馬王丸に報告を終えたらしい忍がすとんと天井から降りて来た。
蛇を模った鎧から死臭は無い。城を落としに出かけたのではないのだろう。
「お前も」
「……そうか、お主もか」
ぼそりと低い声音が耳に届く。そこには若干の困惑の色が滲んでいる。
二人揃って主に暇を出されるなどとは珍しい。それほどこの戦局は動かないものなのだろうか。
「騎馬王衆が先陣で出るそうだ」
虚武羅丸は音も無く阿修羅丸の前に近づいた。鎧の影が落ちて、秀麗な顔は見えない。
それを何となく惜しいものだと思いつつも、言葉の意味を汲み取る。
大方、戦好きの爆覇丸辺りが進言したのだろう。
まだまだ未熟だと自覚している阿修羅丸は、それに反論することはできない。
急な暇を主に撤回させることはできないのだと、阿修羅丸は諦めがついた。
「この状態では裏攻めをしても効果は薄い。だから俺も、この体たらくなのだ」
虚武羅丸は珍しく溜息を吐き出した。
自分と同じようにこの空いてしまった時間を持て余しているのだろう。
降ってきた幸運とはこのようなことだろうと、阿修羅丸は口の端を上げた。
「では我と手合わせせぬか? 鍛錬にもなる」
しばし考えた素振りを見せた虚武羅丸だったが、断る理由も無い。
軽く了承を返し、奥の部屋へと姿を消した。
勝負は決することが無かった。
阿修羅丸は己の六つ腕を最小限に留め、虚武羅丸は鎧を脱いでいる。
獲物が交じり合うたびにかちりと鳴る。二つ目の武器を振り下ろせば、相手もまた逆手で持った刃で止められる。
時間を忘れ、二人は踊るように刀を交える。
あれほど高く昇っていた陽が、いつのまにか地平に近づき闇が押し寄せてきていた。
夜が近づけば夜目の利く虚武羅丸が有利になる。
そうなる前に何とか勝機を見出そうと、阿修羅丸の拳に力が入る。
微かな武器の振動を目聡く見つけた虚武羅丸は、ひっそりと口元の端をつり上げた。
「この程度か? 修羅の名を冠する者にしては、まだまだだな」
「何っ!」
横に振られた薙刀は、虚武羅丸の残像を払った。
何処にと思う間もなく、阿修羅丸の首筋に冷たい金属の感触が走った。
「勝負、あったな?」
悔し気に横目で睨めば、虚武羅丸の艶やかな笑みがそこにあった。
阿修羅丸は溜息を吐いて降参するように手を軽く上げ、二人は獲物をしまう。
陽はすっかり落ちていた。
うっすらと掻いた汗を、夏の風がゆっくりと乾かしていく。
それが程よい倦怠感を生み出し、縁側に一度座ってしまえば腰が妙に重く居座ってしまった。
阿修羅丸はここにきて、随分と疲労を溜め込んでいたのだと気付いた。
隣の男との、殺し合いではなくただ純粋に闘いを楽しむ試合は、それらを今まで綺麗に取り払っていたようだ。
同じように縁側に座っていた虚武羅丸は、阿修羅丸と対照的に冷ややかな様子だった。
忍であるからなのだろうか。呼吸もすぐに平静を取り戻している。
汗はさすがに止められないらしく、普段では鎧に覆われて見えない髪がしっとりと首元に貼りついていた。
日に焼けない白い絹肌が僅かに上気していた。
「阿修羅丸」
急な呼びかけに、慌てて阿修羅丸が顔を上げた。
その瞬間、空が鳴った。
「……あ」
己の呆けた声も、再度と鳴り響く夜空からの振動に掻き消された。
きっと近くの村で祭りが催されているのだろう。
そういえばすでに季節は盆だったな、と阿修羅丸は思い出した。
戦いに明け暮れてばかりでは、体内時計も狂いそうになる。
「見事だな」
「ああ……凄い、な」
藍色の空に広がる火薬の花を眺めて、虚武羅丸がひっそりとそう言った。
同じように感嘆の返事を返してやれば、相手は驚いて目を見張った。
「風物が分かるのか?」
いつも復讐ばかり、鍛錬ばかり。
そうした意味を含めた言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。
すると虚武羅丸もつられて、同じようにほんの少しだけ微笑んだ。
慌てて視線を逸らし、阿修羅丸は空を仰いだ。
火照ってきた身体は、先程の試合のせいだろうと言い聞かせた。
「――阿修羅丸、酒でも持ってくるか」
虚武羅丸の提案に乗り、二人して縁側で花火見物と洒落込んだ。
花火の音が静寂を切り裂く。
暗闇を一瞬だけ照らし出す、赤々とした見事な紋様。
放たれては散る、まるで儚い現世のよう。
「一年後もこうやって静かに見れれば良いな」
「その頃には騎馬王丸様が平和をもたらしてくれているだろう。そのために、我らは戦うのだから」
――そして一年が経った。
二人が同じ空を見上げることは、叶わなかった。
-END-
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阿修+虚武でも良かったのですが、書き上げてみると微妙に阿修→虚武な空気が…。
「え?阿修虚武?何処が??」とか言われそうな雰囲気だ…。
ドライな関係だろうと私的に思うわけであります。はい、すいません。
ていうか冬に盆の花火ネタを持ってくるのもどうかと;
これもまたマイナー…か。
(2005/01/20)
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