+++ 先制攻撃 +++
じっと見つめてくるのは怪しく輝くモノアイの光。
ちらりと横目でその正体を確認すれば、眩しいばかりの鮭色が目に入る。
最近、褪せた桃色を見るだけで軽い鬱状態になる自分が、とても情けないと騎馬王丸は自覚していた。
「あの、聞いていますかガーベラ?」
顔を動かさずに視線だけを横に向けているガーベラ。モノアイは器用だなと思いながらも、さっさと話を終えたいデスサイズは苛立たしげに彼を呼ぶ。
それに無言でガーベラは頷き、先を促した。相変わらず、左側を凝視しながら。
騎馬王丸は居心地が悪そうに目を閉じている。時折、薄く瞼を開けて、視線の主の存在を確かめている。
デスサイズにとっては迷惑以外の何者ではない光景は、今日もこうして広がっている。
「あの色彩音痴人形めっ!」
ジェネラルの間の帰り際、騎馬王丸が珍しく悪態を吐いた。
心なしかやつれたような気がする武者の横顔を見つめ、デスサイズは僅かに目を細める。
「……尋ねても宜しいですか?」
「いやむしろ聞いてほしい」
断られることを覚悟して聞いてみれば、逆に騎馬王丸は胸に溜まった鬱憤を吐き出したいと言わんばかりの形相になった。
少しだけ身を引いたデスサイズは、不本意ながら最近のガーベラの行いを大人しく聞いてやることとなった。
「ガーベラがああなったのはいつからです」
「投入したビグ・ザムが25機目を越えた辺りだ」
鬼気迫る様子で騎馬王丸は言った。
天宮の武者はとにかく恩義には報いる、真っ直ぐな気性である。
それがダークアクシズに組した騎馬王丸でも例外ではなく、一応――嫌ってはいるのだが――戦力を貸してくれたガーベラに対して謝礼の一つでもくれてやろうと考えた。
ガンダミウムをさっさと手に入れたいガーベラは、無論拒否する。
そこで、騎馬王丸が食い下がってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
「退き際を誤りましたね……武者のくせに」
「ああ、俺もそう思う。何とでも言うがいい。お前の嫌味の方が何十倍もましだ」
いっそ潔いほど騎馬王丸はきっぱりと言い切った。
そこまで言うとは思っていなかったデスサイズは、面倒な渦中に立たされてしまったことをよく理解した。
デスサイズの心中を察することなど、被害者である騎馬王丸には気付けない。
滑り出した舌は止め術を失ったかのように、言葉を捲くし立てていく。
「帰りが遅くなるので部屋を間借りしたことがあったろう」
「ええ。覚えていますよ。私はさっさと帰りましたけれど――」
研ぎ澄まされた第六感が、働いた。
親衛隊時代から嫌な予感だけは的中してきたデスサイズ。今回もまた、見えない何かの天啓が自分に落ちてきたことを感じ取った。
騎馬王丸の様子やガーベラの視線、そしてそのありがちな舞台設定に、口元が引き攣る。
「貴方、部下に護衛させているでしょう。食い止められませんでした?」
「なっ! お、俺はまだ何も言うとらんぞ!」
途端に真っ赤になった相手の顔をしげしげと仰ぎ見て、予感が的中したことを知る。
かさ増しした苛々に、あの引き篭もりめ、と小声で呟く。ガーベラがこの場にいれば、貴様に言われたくないとすぐさま切り返されるところだが。
今もきっと天井にでも貼り付いている部下を思いながら、騎馬王丸は苦々しく口を開いた。
その時のことを思い出したのか、少なからず涙混じりの声音になっていた。
「逃げろと言われて飛び起きてみれば、暗闇であの目が光っておったわ……」
想像するだけで身の毛もよだつのか、騎馬王丸はぶるぶると震えた自分の肩を押さえつけた。
「あの如何わしい解体装置を思い出すだけで……ああ寒気が」
「ところで未遂ですか?」
「未遂じゃなければ二度と来れるものか」
いつの間にかデスサイズに遊ばれ始めていることに勘付き、騎馬王丸はわざとらしく咳払いをした。
虚武羅丸が成り行きを見守っているのだ。さっさと用件を終わらせて、こんな天外魔境の生物との会話を打ち切りたい。
「とにかく、貴様の知恵には一目を置いている。一応。さっさと対応策の一つや二つくらい教えろ」
人に物を教わる態度ではないのだが、騎馬王丸の目は血走り、かなり必死である。要塞に来るたびに気を張って――ガーベラ襲撃に備えて――いるせいもあり、体力もそろそろ限界らしい。
何でもいいから、この苦しみから解放されたいようだ。
おもしろそうに見ていたデスサイズは、少しだけ考える素振りを見せた。
真面目に思案してくれる様子が嬉しくて、騎馬王丸は柄にも無く身を乗り出した。小声で忍が諌めては来たが、もうそれどころではない。
「そこまで言うなら、一つ試してご覧下さい」
耳打ちするように騎馬王丸の元へ近づき、デスサイズは妙案を伝えた。
熱心に聞き入る武者に笑いながら、最後に息を吹きかけデスサイズが壁をすり抜けて行った。
もちろん硬直した騎馬王丸に、慌てて虚武羅丸が駆け寄った。ケタケタと死神の嘲笑うような声が聞こえたような気がする。
そして数日後、再びジェネラルの間にて。
デスサイズから受け取った“秘策”を手に、騎馬王丸は幾分か軽くなった足取りを速めた。
やがて視界に入るのは、眩しいサーモンピンクの装甲。
「ガーベラ! そこを動くなよ!」
モノアイが、ほんの少しだけ驚くように縮小された。
先手は取れた。勝機が見える。
騎馬王丸が渾身の力を込めて、“秘策”を思い切りガーベラに投げつけた。
べちょ。
「……」
「……」
双方、沈黙。
ガーベラの装甲に投げつけられた物は、茶色の液体となりタラリと流れていく。不思議なコントラストを描き出したが、誰もそれには頓着しない。
一方は積もりに積もった思いの丈をぶつけられ爽快な気分となり、仕掛けられたもう一方は投げられた物をじっと見つめ何か考えている。
反応の薄さに、騎馬王丸が疑問を感じ始めた頃。
ガーベラが不気味に、笑った。
「ほぉ……これは私の気持ちに答えてくれるという意思表示なのだな?」
「は?」
どんどん近づいてくるガーベラ。勝利を確信していた騎馬王丸は、急な展開に付いていけず混乱していた。
影が自分に迫る。いつしか、これだけ広いにも限らず壁際まで追い詰められていた。
「ガガガ、ガーベラ!? 有機物が当たっているぞ? 嫌いなっ! 有機物がっ!」
「あれほど嫌がっていたから珍しく譲歩してやろうと思っていたのだが、必要なかったな」
体裁構わず、騎馬王丸は首を振った。押し返そうにも、体勢がすでに不利だった。
ガーベラの影が覆いかぶさる中、やっぱり例の死神の嘲笑がどこからともなく聞こえてきたような気がした。
あとで切り捨ててやる、と誓った騎馬王丸は、これから始まる恐怖の時間に涙した。
「あー見事に喰われていますねぇ」
「貴様! 離せ!」
じたばた暴れまくる忍を魔方陣に閉じ込めながら、対岸側で呑気に傍観しているデスサイズ。
視線の先には装甲に貼り付いたままの、騎馬王丸に授けた“秘策”。
「やっぱりこの部屋暑いんですか? 見事に溶けますね」
くつくつ笑いながら、虚武羅丸を連れてデスサイズは退室した。
円滑な会議のためには武者の御仁の犠牲が必要だ、と合掌しながら。
-Happy St. Valentine's Day…?-
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ガベ騎馬。デスサイズ出張っていますが、ガベ騎馬です。はい。
むしろガベ騎馬+デス騎馬? 投げたのはアレです。そりゃ溶けるよね…。
基本的に、武者の人々は一番被害被るよね、と考えてみた。だってピュアなんだもの(笑)
(2005/02/28)
バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)
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