+++ 紅の幽玄 +++



 北風が厳しく吹き荒れる。冬空の下を、二人は寄り添いながら歩いていた。
 緩やかな山道は風当たりが少し厳しい。けれど、互いに隣に感じ合う熱が心を溶かし、周囲の寂れた光景とはまるで正反対の気分だった。

 片方が話しかければ、片方が相槌を付く。
 たったそれだけだったが、二人はとても楽しげだった。
 常に帯刀している刃を交えることもなく、戦場の焼け野原を目にすることもなく。
 それがどんなに幸せなことか、この国の者ならば誰だって理解できるだろう。

 それ以上に、爆熱丸は嬉しかった。
 修羅の道を選び、覇道へと歩んでいってしまった友が、今自分の隣にいることに。


 山道をしばらく歩くと、憩いの東屋が視界に入る。
 疲れただろうかと振り返れば、阿修羅丸は小さく笑っていた。
 息が切れているのは爆熱丸も同じだった。彼は照れ臭そうに頭を掻いて、阿修羅丸の手を引いた。

 素肌で触れ合う体温に、互いの鼓動が跳ねる。
 昔、ほんの少しだけ年上だった阿修羅丸は、夜道を怖がる爆熱丸の手を引いてよく歩いたものだ。
 あの頃は背丈も違い、友いうよりも兄弟みたいなものだったな、と阿修羅丸は思い出す。
 目の前を行く彼が、最期に会ったときよりもさらに逞しくなっていることが嬉しくもあり、哀しくもあった。



「さすがに如月にもなると寒いな」

 腰掛けた阿修羅丸は自分の白息を見詰る。微かに肩を縮こませた。
 爆熱丸はそれを聞くなり、慌てて自分が巻いていた襟巻きを阿修羅丸へと寄越した。

 渡された物に戸惑い、阿修羅丸は爆熱丸を見た。
 防寒具を着込んでいるとはいえ、襟巻きを外してしまった爆熱丸の首回りは露出してしまっている。心苦しくなって辞退しようとするが、爆熱丸は平気だと一点張りだった。
 子供っぽい強がりに苦笑した阿修羅丸は、ありがたく巻くことにした。
 爆熱丸の残り熱が、冷えていた肌に触れる。
 その感覚に、急に気恥ずかしさを感じた阿修羅丸が微かに俯く。

「どうした? 腹でも痛いのか?」
「う、うるさい。こっちを向くな」

 具合が悪くなったのかと心配してきた爆熱丸が顔を覗き込んでくる。
 阿修羅丸は襟巻きで口元まで隠してしまった。赤くなっていく自分の顔を見られたくない一心だった。
 最初は訳が分からなかった爆熱丸も、繋いだままの手の体温が上がっていることに気付く。
 そうして、心底嬉しそうに破顔した。

「孔雀丸、もう寒くはないのではないか?」
「馬鹿を言っていろ」

 休憩は終わりだと言わんばかりの勢いで立ち上がった阿修羅丸に、思わず声を立てて笑ってしまう。
 けれど、その手はいつまでも握り返されたまま。
 頬を弛めた爆熱丸は、衝動のままに阿修羅丸を抱き締めた。
 先程よりも密接になった空気を心地良く感じてしまい、不覚だと思いつつも阿修羅丸は目を閉じた。



「冬の山に一体何があるのだ?」

 長い時間歩き続け、爆熱丸は初めて疑問を覚えた。
 いつからこの道を歩いていたのか。どこまで行くのか。全く不明瞭だった。
 少しだけ前を行く背に問い掛ければ、阿修羅丸は足を止めた。真実を言い当てられた罪人のように、背中がびくりと震えていた。
 振り向きざまの笑みは、穏やかでいて、ひどく寂しげに見えた。

「見事だろう?」

 阿修羅丸が指す方向。
 先程は殺風景な林が連なっていたその場所に、紅に染まる葉樹が顔を覗かせた。
 澱んだ眩しさに覆われている天の下で、紅葉は鮮烈な彩りを見せる。しかしそれは、散る間際の美しさ。

 爆熱丸は呆然として、佇む。
 強い生気を放っている紅葉の樹が、今まさに儚く消えてしまうのだと思うと、どうしようもない焦燥感に襲われた。
 その在り様が、側にいるはずの阿修羅丸と重なったからだ。

「そう、なのか、孔雀丸……」

 自分の声音が何故震えているのか、爆熱丸には分からなかった。分かりたく、なかった。
 阿修羅丸はただ静かに微笑んだまま頷いた。

「潔いほど赤い姿がお前のような気がして、少しだけ、会いたくなった」

 呟くように紡がれた言葉に瞠目する。
 阿修羅丸は借りた襟巻きを外し、爆熱丸の首にかけてやった。温もりが悲しかった。






 爆熱丸は重い瞼をゆっくり開けた。歪む視界を押さえるように、顔を両腕で隠した。

 愛しくてしょうがない夢を見た。
 誰もいない道を二人で睦まじく歩くこと。東屋で寄り添いあって笑うこと。
 繋いだ手。抱きしめた身体。心を解した温かさ。その全てを覚えている。

 そっと障子を開き、広がる景色を見た。
 木枯らしの吹く森の奥には、葉を落とした紅葉の樹がぽつんと立っていた。

「大丈夫だ、孔雀丸。いつかきっと俺達は廻り合えるぞ」

 冬を越した紅葉が、再び葉をつけるように。また紅色に染まるように。
 命は廻るから。










 -Happy St. Valentine's Day.-




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少し甘めな爆阿修でした。切なさの割合の方が多いかも(すいません:)
最初は馬鹿ップル全開でどうしようかと思ってたのですがこんな感じに納まりました…。
(2005/02/25)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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