+++ 完全レシピ +++



「キャプテンって、料理できるよね」

 シュウトの一言にキャプテンは瞬いた。そして小さく応答する。
 何度かお茶の準備を手伝ったこともあったし、おにぎりだってそこそこうまく作れた。そのことをシュウトも良く知っているだろう。
 しかし何故、今更こんなことを尋ねるのだろうとキャプテンは首を捻る。

「いやさー、ケーキとかも作れるのかなって思って」
「ケーキ? いや、作ったことはないが」

 言い淀むシュウトを怪訝に思っていると、彼の後ろにいたセーラがにっこりと笑った。

「キャプテンさんも作れるのですかー? 食べてみたいですー」

 お願い、とシュウトに手を合わせられ、キャプテンは特に疑問も持たずに頷いた。




「何故、私まで巻き込まれるのだ」
「共同で作った方が早い。それにマドナッグは開発が得意だと聞いている」

 シュウトの家の台所に、二人のモビルディフェンダー。一方はどこにあったのかフリル付きのエプロンを着込み、もう一方はどこから取り出したのか渋いピンク色のエプロンを身に付けている。
 双方がキッチンへ向かう姿を見た少年は、とてもシュールな絵柄に見えたという。

 たまたまタイミング良く――相手にとっては悪く――家を訪ねてきたマドナッグを、有無言わせず連行したキャプテンは突拍子もない言葉を放った。
 意味が分からないマドナッグは、開発=料理というおかしな計算式を頭に描き、ますます混乱した。

 開発が得意であるのは確かなことである。
 以前組していたダークアクシズでは、前線に出ることなく、要塞に篭って細々と武器や兵士を作っていたくらいである。
 ゼロあたりがいれば「根暗な奴だな」といらん茶々を入れてくるところだが、生憎、突っ込み役はこの場にはいない。

 そもそもシュウトが言い出した意図が読めない。
 何の前置きも説明も無いまま連れて来られたマドナッグにとって、この状況はかなり不本意なものである。
 しかし、相手はキャプテンだ。
 無下にすることもできず、かといって真面目に話される内容を鵜呑みにすることもできない。
 マドナッグは、長年培われた想像力を総動員して、話の穴を何とか埋めようと努めた。

「ちなみにレシピはここに書かれている。力を合わせれば大丈夫だ。我々は仲間なのだからな」

 最後に拳を強く握り、キャプテンが言った。
 使い方が間違っているのでは、とマドナッグは頭痛を覚えたが、恩人にそう力説されるときっぱり否定ができない。
 少し恨みがましくレシピの書かれているメモを見る。
 材料の分量から手順まできちんと書かれていた。
 これなら平気だろうと、マドナッグはしぶしぶながら了承した。


 話を総合すると、ケーキの話題が発展したのがそもそもの理由らしい。
 セーラのケーキを常日頃から称えるシュウトに、彼女は彼の作ったケーキも食べてみたいと零したらしい。
 発明が得意なシュウトも、そればっかりは無理だと身振り手振りで説明していた所にキャプテンが現れた。
 そこで話を振ってしまったところ、セーラがキャプテンのケーキを食べてみたいと言ったらしい。
 断ればいいものの、とマドナッグは思うのだが、シュウトにも念を押されてしまったキャプテンが断るはずがない。

 ボールの中の材料をヘラで混ぜながら、マドナッグは深々と溜息をついた。
 チョコレートを溶かしながら、どうかしたのかとキャプテンに問われたが、苦笑して型に混ぜた物を流し込んだ。

 結局、そんな彼が自分は好きなのだ。
 真っ直ぐなシュウトも、無邪気なセーラも。
 まるで最初からいた家族か友達のように、彼らは自分に接してくれている。
 マドナッグが罪悪感に潰されそうになっても、キャプテン達はそっと手を伸ばしてくれる。信じていいのだと知った時の、明るく見えた世界の色は決して忘れられるものではなかった。

「良かった。笑ってくれたな、マドナッグ」
「え?」

 不意を突かれた言葉に驚いたマドナッグは、まじまじとキャプテンの顔を覗き込む。
 彼のあまり動かない表情が、嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「さて、それをオーブンに入れてしまおう」
「あ、ああ」

 はっと我に返り、マドナッグはオーブンに生地を入れた。オーブンの中はかなりの高温になっているのだが、二人にはあまり関係がない。
 タイマーをセットし、蓋を閉める。そうして一段落が済んだら、今度はクリームを作ろうとキャプテンの手伝いをしようとした。

 そこで、効率の良かった二人の手が初めて止まった。

 凝視しているのは、レシピのメモ。
 今まで書かれているとおり、一ミリグラムも過不足していない完璧な分量で作業をしていた。
 しかし、一番最後の行に書かれていた材料には数字が書かれていない。代わりにあるのは、二人にとってあまり見慣れない言葉。

「……少々?」

 マドナッグとキャプテンは声を重ね、互いの顔を見てからもう一度メモを見る。
 何度見直しても、書かれているのはその二文字だけ。
 キャプテンはインプットされている単語を検索してみた。

「少々――数量、程度がわずかであること。少し。普通。並」
「この場合はどっちだ? 材料であるから、それなりには入れるのだろう」
「では、普通にしよう。しかし普通とはどの程度のことだろうか」

 人間の感覚はどれくらいなのだろうかと、二人してしばし悩む。
 数式を頭の中に張り巡らせてみるのだが、なかなか良い答えが見つからない。
 キャプテンは材料を見る。
 すでに使われた形跡があり、中には半分ほど残っている。

「残っているのは約半分。ここから33.3%程度混入してみたらどうだ?」
「妥当だ」

 しっかり頷き、マドナッグはボールの中にそれを注ぎ入れた。
 急に、周囲の匂いが変わった。








 外で待っていたシュウトとセーラは、完成したケーキを見て歓声を上げた。
 綺麗な層の中にはたっぷりとチョコクリームが入っている。上からは粉砂糖が振りかかっていて、いかにもおいしそうだった。
 テーブルに置いたキャプテンは、それらを寸分の狂いも無く均等に切り分けた。
 マドナッグが差し出した小皿に盛り付け、一切れがシュウトの手に渡った。

「流石だね、二人とも! すごく綺麗に……」

 受け取ったシュウトの語尾が徐々に消えていった。朗らかだった笑顔も、何故か雲行きが怪しくなっていく。
 横からそれを覗き込んだセーラが、困ったように笑った。

「お酒の匂いがすごいですのねー」
「そうなんだ。アルコール含有率が高くて、子供が食べていいのだろうかと不安だったのだが」

 キャプテンが真面目に答え、マドナッグも同意する。
 傍にあるケーキからは、リキュールの匂いが途切れることなく沸き立っていた。








 -Happy St. Valentine's Day…?-




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キャプマドキャプにも見えるマド+キャプに仕上がりました。こんなので宜しかったでしょうか;
天然キャプテンと、擦れてはいるものの根は同類なマドナッグ。
この二人がエプロン着て台所に立っていたら、悶えるんですけれども(何)
(2005/02/24)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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