+++ 隣の芝生 +++
ゼロは社交的だ。
貴婦人たちへの褒め言葉を語らせれば、朝から晩まで続けられる。
今日のような女性たちからのプレゼントを貰い受ける日になど、紡がれる台詞の甘さは普段より二割り増しだ。
よくそんなに口が動くものだと、最初の頃は感心していた。
しかし、ディードにとってはだんだんと苦痛に思えた。
バトールほどに寡黙では無いにしろ、軽々しく軟派な発言をすることがディードにはどうしてもできないのだ。
だからゼロが喋っている所を見かけるたび、憂鬱な気分になった。
かといってディードが贈り物を貰わないということもなく、彼は一日中やんわりと相手を制して回っていた。特に拒否する理由は無かったのだが、相手に返す洒落た言葉が見当たらなかった。
悲しそうに俯かれるたびに良心が痛んだが、慰めの言葉も思いつかなかった。
ようやく詰め所に身を隠し、ディードはほっと息をついた。襟元を少し緩める。
断りを入れるたびに息が詰まりそうだった。
「ディード。お前も見回りが終わったのか」
もたれていた扉が開き、ディードは慌てて背中を持ち上げた。
顔を出したのはゼロだった。両腕にはプレゼントの箱が積まれている。
「そんなに貰ってどうするのだ?」
「女性が私のために時間を削ってくれた物だ。勿論、残さず頂く」
素朴な疑問を投げかければ、満足気にゼロは拳を握った。
テーブルにどさどさと置かれた物に半ば呆れつつ、ディードも椅子に腰掛けた。
色とりどりのリボンで結ばれた箱。
彼女たちはこうやって自分の気持ちを素直に表せる。そしてゼロもそれにきちんと礼をし、受け取っている。
自分には到底出来ないことをする者達が、ディードには羨ましかった。
「ディードは……一つも貰っていないのだな」
「断っておいた。ああいったものは、私に似つかわしくない」
そう言うと、ゼロは心底意外そうな顔をした。
「勿体無いな。お前、もてるのに」
微かに目を丸くして、ディードは驚く。
口達者なゼロの方が気安いし、親しみを感じられる。事務的な言葉しか吐き出せない自分などよりも、人々に好まれるだろうと思っていたのに。
「ディードは落ち着いていて大人っぽいから良いらしいぞ」
今まで言われたことのない形容に、ディードは思わず閉口してしまった。
少しだけゼロは不貞腐れたように顔を逸らした。
「私だって、お前みたいな奴になれたら、と。少しは思うんだぞ」
吐き捨てるような言葉を受けて、ディードは笑ってしまう。
僅かに見えるゼロの頬が、紅潮していた。きっと自分もそうだろうと思う。
話はとても簡単なもので、互いが互いに無いものねだりしていただけ。
「……ホラ、手を出せ」
出す前に押し付けられてきた物に、ディードは瞠目した。
それは、山積みになっているプレゼントと同じような意味を持つ小さな箱。
顔を上げれば、ゼロはさっきよりも顔を赤くしてディードを睨みつけていた。
「いいか! 義理だからな義理! 一つくらい受け取れ!」
照れを隠すように怒鳴り散らし、ゼロは再び部屋から出て行ってしまった。
ぽかんとしたままディードは箱を見つめる。
結わいだ紐は歪んでて、包装も乱雑のように思える。けれどこれは、不器用なゼロがそれでも懸命に施した努力の結果だと分かっている。
断る時間すら貰えなかったことに苦笑しながらも、ディードは大事そうに箱を抱えた。
言葉など無くても構わないのだと、勇気付けられた気がした。
-Happy St. Valentine's Day!-
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ディーゼロ……? 何だか微妙ですが。
ゼロの友達論が「静かに語り合う仲」だったとき、ディードのことだろうかと一人で思ってました。
隣の芝生は青いって言いますけど、親衛隊の皆さんには互いに補っていて欲しいですね。
(2005/02/22)
バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)
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