+++ 止まり木 +++



 戦火による煙が辺りに立ち込め、金属がぶつかる音が周りから引っ切り無しに聞こえてくる。
 しかし敵兵の数は確実に減っていた。

 機獣丸は腕を振るい、至近距離にいた兵士達を投げ飛ばした。重火器の装着された腕がみしりとなり、遠心力に引かれて一度地に着いた。
 さすがに毎日こうも連戦続きであれば、疲れも溜まる。
 しかし機獣丸を含む騎馬王衆には揺ぎ無い大義があるのだ。このくらいで弱音を吐く気などさらさらない。

「目障りだ。退け!」

 大地に足を踏み締めて、機獣丸は怒声を上げる。
 火を噴いた腕に驚き逃げ惑う敵兵の姿が見えたが、それもすぐに煙の中へと消えていった。
 後に残るは、倒れ伏した死者だけだ。


 じんと熱くなった腕を下ろし、機獣丸は頭を微かに垂れさせた。
 技を発動させた後は、いつもこうして静寂が続く。急に自分の周りには、誰もいなくなるからだ。

 戦いはまだ続いている。遠くで喧騒が止まない。
 視界の悪いこの戦場では騎馬王衆の技は目立つらしく、今日は集中的に狙われいた。
 同士の手助けに向かいたいところだが、今の攻撃で自分の居場所も明らかになったことだろう。
 そう考えながら、機獣丸は少し笑った。

「手助け……? 余計な世話だと一笑されるだけだな」

 煙の合間から窺える空を眺め、本陣で戦っている気高き主を思い浮かべる。
 彼の人は天宮を救ってくれる強者だ。
 こんな煤だらけの平野で、命を枯らすわけにはいかない。

「騎馬王丸様、ご武運を」

 出陣前にも呟いた言葉を、もう一度胸に浸透させる。
 そうして己を奮い立たせ、再び機獣丸は走り出した。




 三刻ほど、過ぎた。
 白旗が揚がったと自軍が声を上げ、合戦の終了の法螺貝がわんわんと鳴り響いた。

 ほんの少し薄れてきた煙に纏い付かれ、機獣丸はぼんやりとその場に立っていた。
 今日もこうして勝てた。命もまだ削れ切れていない。
 多くの命を切り捨てたおかげで、自分がここにいるのだと思うと酷く滑稽に思えた。

 緊張の糸が途切れ、先程と同じように青い空を見上げる。
 地上では醜い争いがいつまでもいつまでも続いているというのに、天空だけは相変わらずそこにある。
 不変のものはないと言うが、空は表情を変えるだけで、ただ静かにそこにいる。

 ああ、と息を吐いた機獣丸は、舞う鳥の姿を目に留めた。
 何となく手を伸ばしてみる。届くわけがないと、分かりながらも。


「ちゃんと生きているな?」

 かつん、と硬い音がした。微かな重みを感じる。
 鳥が、埃だらけの腕に止まったわけではない。翼を持ちながら、大地で戦う一人の武者が降り立ったのだ。

「お前こそ。……騎馬王丸様は?」
「勿論ご無事だ。今、敵軍の大将を捕らえたところだな」

 戦いが始まって早々に逸れた猛禽丸を見止め、機獣丸は小さく安堵の声を漏らす。
 それに口元を上げた猛禽丸は、腕に乗ったまま相手の陣の方向を眺めた。
 ここからでは見えなかったが、歓声が本陣の方で上がっているのは聞こえた。

「しかし猛禽丸。流石にそろそろ重いぞ」

 最小限の体重しか乗せられていないのだが、戦闘後の機獣丸には辛いところだった。
 おや失礼、と猛禽丸は身体を浮かせる。

「お前は鳥みたいだな。戻る場所を知っている、鳥だ」

 率直に思い浮かんだことを告げてみれば、猛禽丸が苦笑する。
 機獣丸に顔を近付けてきて、獲物を捉えた鷹のような瞳がじっと見返してきた。

「では餌を貰おうか? 鳥は餌付けしないと戻ってこないぞ?」

 煙はまだ晴れない。機獣丸は横目でそれを見て、笑いながら瞼を下ろす。

「ふん。そういう鳥は、飼われるのがお似合いだ」

 機獣丸はそう言うなり口を閉ざして、相手の期待通りに上を向いた。
 回すことのできない腕に、少しだけ焦れる。
 けれどこうして重ねる体温は、今を生きる証を感じさせて居心地のいいものだった。






 退却の号令が響く中、煙が風に攫われていく。
 戦いの爪跡が色濃く残された平野では、多くの魂が舞い上がっていった。










 -Happy St. Valentine's Day.-




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リク頂きました「猛禽機獣」です。やっぱり前置きが長いですね…;
二人は結構くっついているのですが、内容はしんみりとしたお話ですいません。
バレンタインというか、機獣から猛禽へのプレゼント(?)ですな。
(2005/02/17)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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