+++ Anything Goes +++



 今日は、バレンタインだ。



 ガーベラは浮き足立つ気持ちを抑えながら、いつもどおりの涼しい顔で廊下を歩いていた。
 あくまで、見た目だけであるが。

 未来都市で生まれたガーベラは、もちろんこの日の風習を良く理解していた。
 人間が作った不毛な行事であると思っているが、自分自身に降りかかるのならば別の話だ。
 口を開けば棘しか出てこない――何故、好いたのかが自分でも解析不能なのだが――想い人が、自分のために何かしてくれるのではないだろうかと期待してしまう。
 文化の違いを良く分かっているガーベラは、もちろん彼にさり気無く教えた。
 侵攻部隊からの情報と称して、会議の際に盛り込んでおいたのだ。我ながら完璧だと、その時もやはりガーベラは気持ちが高揚していた。

 さて、相対すべき彼の人はどんな行動に出るのだろうか。


「ああ、ガーベラ」


 呼びかけられ、ガーベラの鼓動は一気に跳ね上がる。
 外見上からはばれぬよう、いつもの調子で振り返る。目尻が和らいでいるような気がしたが、装甲のおかげで見られはしないだろう。

 そう。平静に。出なければ相手にからかいの種を授けることとなり兼ねない。


「何用で来たのだ、デスサイズ?」

 理由があろうがなかろうが、こうして面前にできるだけで嬉しいなぞとは口が裂けても言えない。
 背後に立っていた影のような姿を見るたびに、安堵が胸に染み透ることなんて。

 デスサイズは用も無い所には絶対に現れない。
 この要塞に出入りするときも、会議なり私用なり、何かしら理由があった。

 今日という日に自信満々のガーベラは、特にデスサイズを呼び出したりはしていなかった。
 その彼が、自分の前に立っているというだけで期待は膨らむ。
 ガーベラはじっと相手の返答を待った。

「実はですね」

 こくりと生唾を飲み下す。
 死刑宣告を待つ罪人は、こんな気持ちなのだろうかと考えてみる。――感情のベクトルの向きは完全に逆なのだが。





「コマンダーを探しているのですが」





 釘付けになっていた唇から零れた言葉は、確かにガーベラの脳天にギロチンをぶち当てた。






 そもそも何故にサザビーなのだ、とやや憤慨気味でガーベラは廊下を歩く。
 隣に寄り添うように浮遊するデスサイズは気付いた様子も無く、呑気に辺りを見学している。
 普段からあまり接点の無い二人であるから、要塞内の私室などには訊ねたことがないのだろう。だから先程自分を探していたのだと合点がいき、ガーベラの肩を一層落とさせた。

「こっちの方にも部屋があるのですねー。武器庫だらけかと思っていましたよ」
「……そんなに数が多いわけではないがな。下層は倉庫で埋まっているが」

 心で涙しながら相槌を打ち、ガーベラは淡々と歩き続ける。
 回廊には一人分の足音しか響かず、時折確かめるかのようにデスサイズを横目で見た。

 形だけはトールギスの配下であるデスサイズが、サザビーと直接相対する必要は本来ならばありえない。
 用件とやらも、きっと偽りの主から命じられたことだろうとガーベラは予見する。

 というか逆に、自分の意思で部屋を訪ねようとしているとは思いたくなくて必死だった。

「コマンダーに何の用だ? さっき帰ってきたばかりだから、あまり機嫌が良くないぞ」
「そうなのですか?」

 諦めさせようとしている女々しい自分の行いに、ガーベラは眉を顰めた。
 そうしているうちに、目的地に辿り着いてしまう。

「さっさと行け」

 壁に寄り掛かり、扉を顎で指す。無意識の内に言葉に怒気が含まれてしまい、ガーベラは気付かれないよう舌打ちをする。
 これではまるで駄々を捏ねる我侭な子供みたいではないかと思う。
 それがまた一層自身を苛立たせた。

 微かに瞠目したデスサイズは、目を細めて薄く笑う。

「困ったものですねぇ、ガーベラも」
「何がだ」

 小声のそれははっきりとガーベラの耳に届き、ますます声は不機嫌さを増していく。
 可笑しくて堪らないのか、くつくつとデスサイズが喉で笑った気配がした。

 誰のせいでこんな感情を抱いていると思うのだ、と勢いに任せてガーベラは振り向いた。
 反論を述べてやろうと思い口を開くが、それは音にはならなかった。


「用を終えたら、何でも差し上げますよ」



 スライド式の扉が開き、閉まっていく様をガーベラはただ見送ることしかできなかった。
 耳元で囁かれた甘やかな声音が、脳髄に浸透していくことを感知しながら。

「……何でも?」

 誰もいない廊下に響いた呟きは、期待の色で染まりきっていた。






 一方、ラクロア城では一向に帰ってこない部下をやけに心配するトールギスの姿があったとか。









 -Happy St. Valentine's Day!-




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初稿では非常に危険な箇所がありました、ガベデスでした。うっすらトルデスのような、コマトルのような(ボソッ)
他人を愛したことがないため、ちょっと子供っぽいガベ様。
愛することを知っているからか、余裕?のデス様。そんな感じです(何)
(2005/02/14)

バレンタイン企画でのお持ち帰りは終了しております。ありがとうございました!(03/08)



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