++ ウ タ カ タ ++




「もう諦めろ」

 帰って来ない同胞を、未だにぼんやりと待つ武者に言い放ったのは私だった。
 騎馬王丸は夢から覚めたようにこちらを向き、気まずそうに視線を逸らす。疲れたように首を振り、立ち去った。
 これが毎日の日課。
 アレがいなくなってからの、日常。



 ぽっかり空いたのは隣だけじゃなくて、胸の内も同じ。
 別れも告げずに逝ったアレは、最後まで自分勝手な奴だったと思う。

「デスサイズ」

 呼べば、来るものだと思っていた。
 現に最後の時まで、私達は会話だってしていたはずなのに。

 虚ろな影は、今度こそ掻き消えてしまったのだろうか。

 騎馬王丸には諦めろと何度も言ったはずなのに、自分の本心ではまだ生きているのではないかと疑っている。
 馬鹿らしいと思う反面、渇望している自分がいることは事実だ。
 冷静に分析すればするほど、虚しくなった。


 今日も虚空を見上げる騎馬王丸。
 ジェネラルの間に入ってくる時は、必ず辺りを見回している。
 奴も随分と慣れてしまったものだ。私は知らず知らずのうちに、目を伏せた。


『ガーベラ?』


「……あ」

 突然の呼びかけに、視界を開かせた。目の前には誰もいない。
 無論、いるはずがない。
 驚いたように騎馬王丸が私のことを見ていたが、それどころではなかった。

 しばらくして、幻聴じみた声は毎日聞こえるようになった。





『ガーベラ』

「プロフェッサー」

 今日もデスサイズの言葉が耳をくすぐる。私のすぐ傍らで、吐息までもが聞こえそう。
 だが、そこへ急に違う声が割り込む。
 おかしな顔をしているな、騎馬王丸?

「どうしたのだ? お前、最近何を見ているのだ?」

 ぼんやりしているのは貴様だろう。
 喉まで出かかったものは、何故か音にはならなかった。
 自分自身、矛盾を感じているせいだろう。騎馬王丸には諦めろと言っておいて、自分は何て様だと回路は反応している。

 だが。
 無理だ。

 こんなにも穏やかに側にいてくれる存在になど、私は出会ったことが無いから。
 たった一つの希望に縋ることしかできない。


 アレは確かにここにいる。




「……プロフェッサー、もう、あいつはいないぞ」

 騎馬王丸が数日前の私のように言う。
 その表情は侮蔑や鬱陶しさを孕んだものではなく、あくまで心配そうな――それでいて痛ましげなものだった。

 何故そのような顔をする?

「っ……ガーベラ、お前は何を見ているのだ」

 問われるままに私は腕を伸ばす。
 透明な身体がそこにいて、揺らめく陽炎のように佇んでいる。笑って、いる。

「何を言っている、騎馬王丸?」

 ほら。
 真っ黒な死神は、私達がこちらに来ることをじっと待っているだろう?

 騎馬王丸は私のことを哀れむような目で見つめ、ぐっと拳を握りこんだ。
 訳が分からない行動に、私は首を傾げる。
 騎馬王丸は言う。
 自分の中では決着を着けた。危ういのはお前だと、切々と語る。

「もう、諦めろ」



 ああ、ぱちんと何かが弾ける音がする。
 現実回帰の合図。いかれた回路が正常に働こうとする。
 掴んでいたはずの腕が消え、笑顔が消え、ただの空気の塊がそこに残った。



『さようなら』



 別れの言葉が聞きたくて、空虚なお前を見ていたわけじゃないのに。

 知らずに涙が零れてた。






 -END-





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ウタカタ=泡沫……儚いものってな感じでした。
最初は平気を装うガーベラが、だんだんと耐え切れなくて自分の夢想に逃げ込んだような。そういった空気を感じていただければ幸い。
ガベデスってこういう話から逃れられない宿命なのか…はたまた私の書き方がステレオなのか;;
(2005/04/29)



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