[ 誓い ]
皮肉だ。
ゼロはぽつりと呟いた。
誰もいない廊下はしんとしていて、その言葉は少しの澱みも無く爆熱丸の耳へと届く。
険しい顔付きで爆熱丸は、歩みの止まった騎士を振り向いた。
「結局、私もお前と同じで……この手で友を斬った」
いまだ記憶に生々しい感触が、剣を握ったこの手に残っている。
最期に、親友だった男が叫んだ断末魔が何度も脳裏に響いている。
「ゼロ」
爆熱丸もまた、自らの手で引導を渡した男の姿を思い出す。
目指すものは同じだった。けれど歩く道を違え、結果的に刃を交えることとなってしまった。
辛くなかったわけではない。
しかし、武者として、男として、譲れないものがお互いにあった。
結果がどうあれ、阿修羅丸と正々堂々と勝負したことに悔いはない。
ゼロは勿論、傍で見ていたのだから知っている。
爆熱丸の意志と阿修羅丸の意志のぶつかり合いを。
「お前たちのように、お互いの考えをぶつけ合っていれば、奴もあれほど道を外さなかっただろうか」
自嘲しながらゼロは、親衛隊が揃っていた平和な祖国の光景を脳裏に描いた。
人を愛したが故に狂ってしまった歯車。感情の意味を取り違えた哀れな騎士によって、沈んだ亡国。
しかし原因は自分にもあったのかもしれない。
控えめに笑うディードの奥底で、じわじわと燻っていたものに気付けなかった。
苦しみの反動が国を滅ぼした段階になって、やっと分かった。もう元には戻れない所へ来てしまったということに。
「本当は羨ましかった。友の最期を看取ったお前が。私には、そんな時間も残されていなかったから」
爆熱丸は黙って聞いている。
半分は独白のようなゼロの言葉は、痛いほど胸に染み渡った。
「……なあ、ゼロ」
沈黙で開いた間を埋めるように、爆熱丸が掠れた声を発した。
泣いているようにも見えたが、ゼロは何も言わなかった。
「俺だって心が弱く、己に過信してしまっていたのならば、阿修羅丸と同じことをしていたのかもしれん」
「ああ。私もだ。苦しさに押し潰れていたのならば、討たれていたのは私だったのかもしれない」
静かな同意に頷き、鼻を啜りながら爆熱丸が向き直った。武人の誇りである刀を差し出し、真っ直ぐとゼロを見る。
清い眼を受け止めて、ゼロは刀の鞘に手を伸ばした。
「だから、誓いを立てよう」
赤くした目で爆熱丸は微かに笑った。
鞘を握る拳に手を重ね、ゼロもまた微笑を浮かべる。
亡くした者への黙祷のように。これからの未来に想いを馳せるように。
互いにそっと目を閉じた。
「もしも、俺が道を外したのなら――」
「もしも、私が道を誤ったのなら――」
想いは重なる。
それでも離れてしまったときには。
せめて、君の手で終わらせて。
END.
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阿修羅んを斬った時の爆熱丸の辛さを、後々になって思い知ったゼロ。
自分とは違って苦々しい結末を迎えてしまったゼロを受け止める爆。
そんなイメージです。
(2005/02/25)
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