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「冷たい」

 参上してからの唐突な一言に、騎馬王丸は嫌そうな顔をした。
 ガーベラが突拍子も無く喋り始めることは間々有るのだが、その内容は騎馬王丸があまり触れたくない類であるのだ。

 例えば、嫌味。毎度のように繰り返されている。
 例えば、陶酔の言葉。今も壁と同化しているジェネラルを過剰なまでに褒め称えることも多々ある。

 それから、もう一つ。
 最近になって発言確率が妙に増えたことがある。これもまた、騎馬王丸に溜息を吐かせるものだった。


 今日も絶対おかしなことを言い出すに違いない。

 そう思いながら馳せ参じた騎馬王丸は、心の身構えをしっかりさせて、仕方無しに耳を傾けてやった。
 無視をしようにも、脅し紛いで聞かされる羽目になることは目に見えている。

「何がだ」
「奴だ、奴。向こうからの一方的な交信だけで、ちっとも話しをさせてくれない」

 ああこれは、と騎馬王丸は額を押さえた。

 本当に悔しそうな声を出し、ガーベラはじっと自分達から少し離れた位置を見つめている。
 奴――デスサイズがよく現れる場所を。

「私に落ち度は無いというのに」

 力説する背中を、呆れ果てた視線で見つめる。
 その自信はどこから来るのだと尋ねてみたい気もするが、やぶ蛇であることは確実だ。
 どこで発言していいのか決めかね、騎馬王丸はしばらく沈黙を守った。

「ましてや奴のこと。私からそんなことを言えば――」
「結果は見えているな」

 想像しながら呟けば、ガーベラが睨んだ。しかしすぐに肩を落とす。
 重傷だ。かなり。

 長い付き合いで次の展開が読めてきた騎馬王丸は、何ともやるせない気分に陥った。

「どうすればいいと思う。好いた者がいたというお前から見て」

 騎馬王丸が抱えていた将棋台が、怒涛のような響きを上げて転げ落ちた。
 呆気に取られて固まった相手を不思議そうにガーベラは見つめた。相対する武者の顔色は、驚愕と恥辱の織り交ざり、青と赤が交互に表れている。
 何で知っていると騎馬王丸は叫びそうになったのだが、それではあまりにも情けない。

 口をぱくぱくと開閉させる騎馬王丸から、ガーベラはあくまで真剣に返答を待っている。常ならからかうところだが、問題は自分の方にあるためそれどころではないのだろう。
 さっさと言えと無言で圧力をかけてくる彼に、騎馬王丸は咳払いを一つ返した。

 これぐらいで驚いていてはいけない。
 自分に言い聞かせながらも、護衛の忍を連れてこなくて良かったと内心ほっとしていた。

「……嫌いになったとか」
「それはない」

 暫しの思考を巡回させ、小声で紡がれた答え。
 それをガーベラはすぐさま握り潰す。大した自信である。

「……飽きた?」
「貴様、解体されたいのか?」

 割れた腕の装甲から、高速で解体道具が出現する。鼻先まで迫られれば背中に冷たいものが流れていく。
 騎馬王丸は慌てて話題を逸らそうと、疑問に思っていたことを口にした。

「第一、ここの会議で会うだろうが! 何が不満だというのだ!」

 半分自棄になりながら激昂の声が上がる。
 すると、辺りがしんと静まり返った。

 唖然として騎馬王丸は相手を見た。ガーベラは、自失したようにだらりと腕を下げて、道具をしまいこんだ。
 まさかこんなに素直に引き下がるとは思わず、何度も腕と顔を見比べた。
 ガーベラは心なしか覇気の無い声音で、ぽつりと呟く。

「……そっけない」
「い、いつものことだろう。元からあの性根なのだ」

 先程よりも明らかに勢いを欠いたガーベラ。らしくもない相手に慌てて騎馬王丸は言い繕う。
 何故こんな奴を慰めなくてはならないのかと、はたと正気に戻るのだが、他に言うべき言葉は見当たらない。
 元気付けられていることに嫌悪を感じたのか、ガーベラはふと踵を返した。

 けれどその背中は心なしか寂しげで。

 騎馬王丸は呼び止めようと片腕を上げかけたが、この状態のガーベラに何を言えばいいのだろうと考える。
 そうして上げた拳は握り締められ、のろのろと元の場所へと戻った。
 彼が今、欲しているのは自分の言葉ではないことは明白だから。

「貴様に訊いたのが間違いだ」

 後ろを向いたままガーベラが息を吐いた。黙ったままの騎馬王丸を一瞥し、通路の方へとリフトを動かす。
 それを見送りながら、騎馬王丸は再び溜息を吐いた。



「おや、漫才の時間は終わりですか?」



 途端、妙に楽しげな声が笑いを含ませながら降ってきた。
 通路に向かいかけたガーベラはすぐさま元の位置に戻り、騎馬王丸はもう一度将棋盤を落とすはめになった。

「騎馬王丸? それは新しい芸ですか?」
「き、貴様、いつから来ていた!」

 憤怒で真っ赤になった顔を眺めながら、浮遊する得体の知れない影が笑う。
 デスサイズは普段と何ら変わらず、難解な魔方陣の上に鎮座していた。

 眦をつり上げながら、ついっと横目でガーベラを窺う。
 空気の抜けた風船のようにしょんぼりしていたはずの彼は、何事も無かったように中央に立っている。
 心なしか嬉しそうに見えるのは、多分、騎馬王丸の贔屓目だけではないだろう。

「貴方が最初に盤を落とした辺りでしょうか。おもしろそうだったので見学していました」

 血の上った頭が、今度は蒼白になる。
 心底おかしそうにデスサイズは笑い、ガーベラの方へと向き直った。

「ガーベラ、私に何か言うべきことがあるでしょう」

 う、と言葉に詰まる様子を冷めた目で見つめられ、ガーベラは視線を逸らした。
 最初から聞かれていたわけではないのだが、後ろめたい気分になる。
 答えないガーベラに呆れて、デスサイズもまたその場から離れた。

「全く! 会いたいならさっさと会いにくればいいでしょうが!」

 呆れを通り越して、逆に怒っているような口調に、ガーベラが呆けたような顔をした。
 それは見る見る喜色満面のものとなり、眼中にはさっさと帰ろうとするデスサイズだけが映されている。

「何だ、来るのを待っていたのか?」
「ご冗談を! もう用事は無いので、私は帰りますね!」

 デスサイズを追いかけながら、ガーベラがさも嬉しそうにしている。
 一人取り残された騎馬王丸は精神的疲労を感じながら、二人の背中を見送った。


 ガーベラが冷たいと言っていたのは、デスサイズが公事で連絡していた時であり。
 そっけないと思っていたのは、会議中での態度のことであり。
 あのデスサイズが、私事をそれに挿むということは皆無であり。


「……つまり俺は、単に惚気られたのか……?」

 残された騎馬王丸は、ぽつりと呟いた。





 ちなみにこの後に行われた対天宮侵攻に関する会議では、いやに上機嫌なガーベラが見られた。
 いつもより饒舌になった口からは、こっちが恥ずかしくなるぐらいの褒め言葉が飛び交ったという。

 騎馬王丸がげんなりした様子で天地城に戻るのは、それからさらに数日後のこと。





 -END-



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二人とも惚気ている気はなくて、自然とそうなってしまうような感じです。
でも傍から見ると……な話。いつでも被害者は騎馬王丸様。
天然でいちゃつかせるのが大好きだと判明。<いや今更
(2005/03/08)


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