:::身長差:::
「よーぅし! 演習終わりっと!」
高らかに響いたザッパーザクの声が、空間に響き渡る。
後ろに出来ている緑の山から、情けないザコ達の疲れた悲鳴が聞こえていた。
「オラー! てめぇらさっさと掃除しとけよ!」
「りょ、了解ザコー」
鼻歌交じりで出て行ったザクの姿を見送り、グフはひっそりと溜息を吐き出した。
その隣で、気持ちよく武器をぶん回していたドムがギャロップを引き摺って歩き出していた。ドムはおかしなグフの様子に首を傾げるが、その正体が分からない。
「グフ、どした?」
難しげな顔のまま、グフは上を見上げる。顎をぐっと持ち上げなければ、ドムの視線と交わることができない。
何の打算も無く見つめ返され、グフは再び息を吐く。
下ろした視界の隅には、ばら撒かれた薬莢や壊された壁を健気に片付けるザコソルジャーの姿があった。
小さいながらもせかせかと良く働き、数が多いせいもあり掃除はすぐに終わりそうだった。
「……はぁ」
右手で頭を抱えながら、グフは演習場を出て行く。
疑問を感じながらドムもまたそれに続いた。
部屋に戻る道のりは、三人とも同じだ。
先に帰ってしまったザクはともかく、グフとドムはどこまでも一緒に歩いている。
それがまた、グフにとって憂鬱な問題だった。
「お前、滑って行けるんだからさっさと帰ればいいじゃないか」
「ドムゥ? この前、駄目だってグフが起こったドムー」
はたと気付きグフは慌てて、そうだったか、と言い繕う。
忘れていた。
過去、加減を知らないドムが、角を曲がりきれずにギャロップごと壁に激突したことがあったのだ。
一緒に居たザクもグフも巻き添えを食らった。
そういう経緯があり、二人で声を揃えて禁止条例を叩きつけたのだ。
三人の中で一番素早く移動できるくせに、ネジが一本取れているのか、元から無いのか、ドムは鈍臭かった。
会話のテンポにも乗れない。いまいち頭が足りていない。武器はいきなりぶっ放す。
大きいくせに、それが全然生かされていないとグフは思っていた。ザクも同様だろう。
そうなのだ。
自分よりも、大きいくせに。
青と赤と黒の自分達を心象し、グフはさらに重くなった頭をざくりと掻き分ける。
ザクは、いけ好かないが自分より高い。でも目線の高さは同じくらいだ。
元々はグフと同じで接近戦を得意としていたのだから、それなりに譲歩する。
けれどドムは。
「本当、無駄にでっかいんだよな……」
「ドムム?」
何だか不条理さを感じて、グフは舌打ちをした。
機械生命体が成長することなんてありえない。今も、これからも、この視線の高さはずっと変わらない。
いつもなら虫唾が走るだけの存在である人間が、酷く羨ましく感じた。
彼らは身長が、伸びる。
近い未来で追い越せると希望が持てるのに。
――希望なんて、馬鹿馬鹿しいか。
苦笑したり溜息を吐いたり、辛そうに顔を顰めたり。そんなグフを見ていて、ドムはだんだんと気になり始める。
興味の対象が武器ばかりといっても、ザクやグフを認識していないわけではない。
どうして自分の方を見て変な顔をするのだろうと、やはり考えるのだ。
「う……わっ!」
突然、脇に手を差し入れられ、グフは慌てた。それからすぐに床から足が離れた気配がした。
振り向けば、ドムがいた。
持ち上げられたのだと気付けば、言いようの無い侮辱感に襲われる。
「何しやがる! 離せよ!」
「俺、下ばっかり見てる。三人で話してても、何だか一人になってるみたいで嫌だ」
暴れようとしていた手がぴたりと止め、グフはまじまじと相手の表情を見た。
見上げてばかりいるドムの顔が、今なら真っ直ぐと見て取れる。
いつもなら影になり見難いそれが、廊下の照明に照らし出されていた。
ぽかんとした様子のグフの返答を待つ前に、ドムは支えていた手をさらに固く握った。
「だからザクとグフが羨ましかった。大きいと、邪魔だから、グフ、さっきから変な顔していたんだろ」
「え……?」
呆気に取られていただけのグフが、明確な反応を返した。
それは考えても見なかったことを言われた、純粋な驚きからだった。しかしそれを肯定と受け取ってしまったドムは、振り払うようにグフから手を放した。
ドムは形振り構わず、走り出そうとした。体勢を崩すことなく着地したグフが、素早い動きでそれを制した。
はっとして丸く開いた瞳は、確かに傷付いたような色を濃くしている。
グフは、馬鹿だな、と思う半面で、嬉しくも思っていた。
結局、自分たちが考えていたことはつまるところ同じで。
ドムは無頓着そうに見えていても、そういう感情があるのだということが分かって。
「変な心配するなって。俺がさっきから言っていたのは、俺自身のことだよ」
訝しげに見つめられて、微かに顔が赤らんだ。
かっこ悪いとは思ったけれど、素直になれるのは今しかないと思った。
「俺がもっとでかけりゃな……ほら、ちょっと屈め」
疑問符を浮かべながらも、疑うことなくドムが屈んで見せた。するとあれだけ気にした身長差が縮まった。
その分だけ近づいたドムの頭に腕を回したグフは、計画を企んでいるときと同じように口元に弧を描く。
そして自分達の距離を、零にした。
「こういうこともし放題なのにな、ってな」
ひらひらと手を振りながら、角を曲がっていってしまったグフを呆然とドムは見送った。
一体何が起こったのか。
少ない脳の容量では解析不能であり、ドムはしばらくぽつんと廊下に突っ立ったままだった。
「……洒落にならん……」
角を曲がったはいいが、グフはそのまま自分の部屋の扉に凭れ掛かり、ずるずると床へ下がっていた。
義手ではない方の手で顔を半分押さえてみる。
案の定、熱かった。
けれどグフは、向かいの壁を見つめて小さく笑った。
自分の背がもう少し高ければとか、人間だったら伸びるのにだとか。先程の行いは、叶いもしない望みに縋るよりも確実なものだった。
想い人が自分を持ち上げてくれたように。
とりあえず明日はザクに自慢してやろうと、グフは自室の扉を開けた。
-END-
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グフドムのようなドムグフのような。グフ→ドムの方が近いような。
ドムにも人となりの思考もあるんですよ、な話。
喋らせ方にとても困った……。
(2005/02/11)
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