おお、我らが親愛なる隣人よ
聖なる夜に降り積もれ
清きこの夜に
精霊よ 謳い祀れ
++ キャロル ++
賑やかな音楽が何処からともなく流れている。
煌びやかな夜景の中、人々の笑顔が道を行き交う。
粉雪降る、夕闇の空の下。
もみの木の下で語られる囁き。
赤いリボンで結ばれたのはプレゼントボックスだけではなくて。
柊の印が愛の形。今日は聖人を祭る一夜の夢。
それから、大好きな人たちと祝い過ごす日。
絶え間なく響く、軽やかな歌声。
まるで天使のようだと誰かが称えていた。
純白の衣を纏って、祈るように手を結び、清き泉を湛えたような双眸で眼前を見つめる。
高く細く、それでいて朗々と伸びる少女の声音。
生み出されるその音色は伴奏の譜面に乗り、柔らかな波となって全ての人々の中へと染み渡っていく。
月明かりと灯された蝋燭の光で、彼女のティアラは静かに輝きを放っていた。
翼在りし天空の民が掲げる輪のように。
「こんなところにいたのか」
人の波から幾分か外れた場所に、ぽつんと一人分の影があった。
色素の薄い髪と白い服が、月光を吸い込み淡く色付いている。夜闇の中では人目に付く姿だったが、人々の興味は歌声の主に注がれているため目立つことはなかった。
まるで何でもないように話しかけてくる相手に、トールギスは眉間に皺を寄せた。
彼は自分の従者である二人組を待っていただけだった。
それなのに一番会いたくない者達の中でも厄介な奴に見つかってしまい、苛立ちを隠せずにいるのだ。
「貴様こそ“こんなところ”に何故来た?」
舌打ちして見せれば、ディードは軽く肩を上げてみせる。
その表情は穏やかなもので、トールギスの隣に近づくとそのまま壁に寄りかかった。
「身辺警護は交代時間だ。それに、ここでも聞こえる」
微かに微笑みを浮かべると、ディードは聞き耳を立てるように目をそっと閉じた。
彼から視線を外したトールギスは、形の良い顎をくいと上げて空を見つめた。
濃い藍色に染まる帳を裂くようにして、大きな一本の木が天高く伸びている。生い茂る緑葉は今は無く、神々しいばかりに淡く輝いていた。
その優しい光を受けて、プリズムに透したかように色付いた無数のンンたちが舞い上がる光景は幻想的なものだった。
「“我らが親愛なる隣人よ”」
儚くも柔らかな歌い手の響きの中を、ひどく近くで言葉が泳ぎ出す。
さほど低くはない独特のテノールが、少女のソプラノに寄り添うようにハーモニーを生み出した。
静かに瞼を閉じたまま、ディードは些細な不協和音すら出すことなく自発的な二重唱をこなしていく。
「“精霊よ、謳い祀れ”」
何度目かの同じフレーズを辿り、そこで歌と音楽が途切れる。
同時にディードの唇も結ばれ、真っ直ぐとした双眸が前を見据えていた。
「来たようだぞ。邪魔したな」
壁から起き上がったディードの指す方向に、赤と青の衣服を纏った双子の姿が見える。
トールギスがそれを視界に入れたことを確認すると、ディードは寄りかかっていた壁際から背中を外そうとした。
「……ディード」
「何だ?」
急にトールギスは神妙な顔付きでディードを呼び止めた。
普段なら邪魔者が消えたと清々した様子なのに、かけられた声は真剣であり重苦しい響きを持っている。
振り返ったディードは怪訝そうに首を傾げる。
トールギスは何か迷ったように視線を彷徨わせたが、やがてメリクリウスとヴァイエイトの声が耳に入ってきたため、素早く言葉を紡いだ。
「届かない歌は、誰に捧げられるのだ」
ディードの表情が凍ったことに、トールギスは気付かないふりをした。
「何を話していらしたのですか?」
駆け寄ってきたヴァイエイトが、氷刃の騎士の去って行った方向を眺める。
祭は高揚し、こんな片隅にも熱気が流れてきていた。
「別に。……お前達は、捧げる相手のいないものをどうする?」
こんな苛々するばかりの祭の中で、珍しく饒舌な主に双子は顔を見合わせた。
「そんなの、あとは自分のために捧げるしかないじゃないですか」
トールギスは少しだけ笑い、歌の耐えない人の輪を睨むように見つめた。
笑っている彼らは幸せを噛み締めていることだろう。
好きな家族や仲間と過ごす夜を、待ち望んでいることだろう。
そんな光の世界の影で、もがき苦しむ者がいることすら気付かずに。
「何かの謎かけですか、トールギス様?」
二人が困ったように問いかける。
トールギスは人々から離れるように、二人を連れて踵を返した。
「――いや、何でもない」
心の中で、彼が歌っていた曲をなぞるように口ずさむ。
恋焦がれた少女に届かない歌を口にした、哀れな騎士へ。
届かないと嘆いている彼へ、自分の歌もまた届かないまま。
-Merry Christmas.-
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クリスマスなのに暗いネタ…。しかも去年出し損ねた物を書き直した物です;
とっても微妙だけれど一応、トル→ディーです。
(2005/12/25)
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