とっくに迎えていた終わりの時間。
 君の為の舞台には帳が下ろされ、僕の為の舞台は開幕のベルが鳴り響く。

 さぁ、ここからが本番だ。

 舞台袖の君を引き摺り下ろし、客席に向かわせてやろう。
 僕の姿を見ていておくれ。

 終幕の頃には僕が隣にいてあげるから。

 



へ の





 紙のように薄くなった肌を見下ろして。
 羽のように軽くなった体躯を抱き寄せて。
 こつりこつりと回廊に鳴り響く、硬質な足音をわざとたてて。

 向かうのは赤い部屋。
 腕の中でぼんやりとする者の、始まりと終わりの間。


「抵抗しないのか?」

 さも可笑しげにガーベラはくつくつと嘲笑う。
 だらりと垂れ下がった細い手を取り、恭しくその甲に口づけを贈った。常ならば汚らわしいとばかりに振り払われるそれも、ただあるがままに受け入れられた。
 無気力な瞳には赤い自分の姿が、鏡のように映るだけ。
 見下したような笑みを常に浮かべていた唇は、微かに開くのみ。弱々しい呼吸音が耳元をくすぐった。

 黙ったままの虚ろな姿を見やりながら、ガーベラは歩き続ける。
 まるで殉教者を連れてゴルゴタの丘を上るように。一歩、一歩と確実に。

「お前もやっとここまで堕ちてきたのだな」

 返事は一向に返ってこなかったが、ガーベラは気にも留めずに語り続けた。
 自分が追いやられた悪夢のような現実。果ての無い暗闇の中の孤独。手に入れた、破滅の扉を開く鍵。
 似ているようで似ていない、自分と相手の境遇を対比させながら。

「全てを裏切ったのはお前の方だ。お前から手放し、そして一欠けらも残らなかったな?」

 毒を含ませるように、ゆっくりとガーベラは問いかける。
 僅かに強張った背筋に口元が歪む。
 自らを狂気の淵へと追い詰めた彼を保たせていたのは、たった一つだけの望み。
 それすらも失ってしまったこの魂に残っているのは、後悔か諦念か。

 どちらでも構わない。
 ガーベラは目を細め、うっとりと笑った。

「デスサイズ」

 棘交じりだった言葉が嘘のように、ガーベラは優しく名を呼んだ。
 ひくりと引き攣った背中が、肩が、反応して震えた。
 曇っていた硝子玉がのろのろと見上げてきた。
 認識されたことに気を良くしたのか、ガーベラは扉の前で立ち止まった。これが最後の扉。奥に広がるのは、禍々しい魔人の膝元。

「お前が堕ちた場所は、私と同じだ。ここにはお前と私しかいない」

 お前には絶望と私の隣しか残されていないのだ。
 ガーベラは、真綿に水を含ませるように何度もそうやって囁いた。


 突然吹き荒れた熱気に気圧されて、デスサイズは微かに瞼を伏せる。
 赤く煮え滾る釜。魔人の胃袋。破滅への礎を作るための、生贄を捧げる祭壇。
 見上げるガーベラの表情はもはや恍惚としていて、冷静が常だった彼はここにはいなかった。

 ――きっと、自分も。
 愛する人だけしか見えていなかった頃は、こんな風に狂気に踊らされていたのだろう。

 鈍く痺れた腕を重々しく持ち上げて、デスサイズはゆるくガーベラの首を抱き締めた。
 心惹かれたあの少女にして欲しかった抱擁。それを、もらえない辛さはデスサイズ自身が最もよく知っている。
 だから、最後に。
 壊れかけの回路を持て余しながらも、自分を求めた相手へとせめてもの手向けとして贈る。
 ガーベラが瞠目した気配がする。それでも、回された腕は外されることは無かった。

「……温かい、ですね」

 心はこんなにも凍えきっているというのに。
 デスサイズは自嘲して、混濁していく意識に身を委ねた。
 支えていた両手が一層強く自分を掻き抱く感触を最後に、彼は浮遊と落下の感覚を同時に味わった。

「すぐに終わらせてやる。だから待っていろ」

 霞む世界の中で、ガーベラは笑っていた。
 ただただ満足そうな微笑みを湛えて、愛しい人の身体が溶けていく姿を最後まで見送っている。
 いつか、自分も逝く場所を。

 そうして、デスサイズの意識は完全に途絶えた。




-END-


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ガベ→デス……??「Moon Light」と同じ設定のつもりです。暗い関係な二人。
ラブラブばっかり書いていると、こういう報われない話も書きたくなりますね;
一応、ガベ様がデス様の死体(まだ生きているけれど死にかけ)を回収して、ジェネ様の溶鉱炉にぶち込む話……でした。
(2005/06/09)


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