右手に銃を、左手に愛を。
からりと足元に転げ落ちているのは、紅色の抜け殻。
緋色のガーベラの花が散ったかのように、それらは彼の周りに無造作に置かれていた。
真っ黒な姿は何かを耐えるように、ただ前方をきつく睨みつけていた。
計算は大幅に狂った。
そう遠くは無い未来に、キャプテンはあの姿で自分の前に立ちはだかるだろう。
嫌いな自分の本性を見下ろしたマドナッグは――ガーベラは自分のやってきた世界を思い返す。心中がどす黒い感情に囚われることを感じた。
所詮はガーベラという紛い物であろうとしても、ガンダムであるという事実はどうしても曲げられない。
忌々しいこの身体は、何よりも捨て去りたいものの一つだった。
しかし同時に、突きつけてやりたかった。
これがお前の罪の証だと、偽善者に成り下がった白いガンダムに。こんなにも自分は黒くなってしまった、お前のせいなのだと嘲笑ってやりたかった。
外装で再び自らを覆い隠しながら、仮面の下でガーベラは哂った。
「……プロフェッサー」
不意に、ジェネラルの間に男の声が響く。
先の騒動で自分の配下であった司令官も、何を考えているのか分からない死神もいなくなった。
自分を呼ぶのは、ジェネラル以外でここには一人しかいない。
「失敗したようだな?」
騎馬王丸は嘲笑を露わにし、ガーベラを見据える。
灯ったモノアイでそれを一瞥し、ガーベラはジェネラルの方を仰ぎ見た。
視線は合わせたくなかった。このタイミングで現れた騎馬王丸は、ガーベラの本性が何であるか悟っただろう。決して鈍い男ではないのは、ダークアクシズに組しながらも警戒を怠らないその姿勢から窺える。
相手に気付かれぬように軽く舌打ちをしたガーベラは、今は落ち着いている魔人の機嫌を伺うように微動しなかった。
ジェネラルが三つの瞳で自分を見下ろしてくることに安堵しながら、静かに返答を返す。
「――これも計算のうちではある。貴様の方はどうなのだ。あの忍、一向にガンダムサイを落とす様子も無いではないか?」
目算とはずれていたものの、予想の範疇だった。キャプテンは必ずあの姿になる。しかし、それでも後継機である自分との間にある性能の差は埋まらない。
だから脅威ではないのだ、と自分に言い聞かせるようにガーベラは言葉を紡いだ。
騎馬王丸は一瞬だけ眉を寄せたが、ガーベラの挑発には乗らなかった。
自分のことはいいとばかりに、先程見つけたガーベラの本当の姿を示唆するように話を続けた。
「貴殿に言われずとも策は動いている。ダークアクシズ――否、お前が何を目論んでいるのかも、そのうち露呈させようか」
「愚問だ。私はジェネラルの手足。ジェネラルの望むものは私の望むものだ」
ガーベラは振り返る。
無表情を貼り付けた顔からは何も窺えない。
崩れ落ちた鎧から現れた黒い彼はひたむきにも見えるほどの憎悪と苛立ちを見せていたのに、その感情は蕾のように今では押し込められている。
何が彼を動かすのか。
何が彼を駆り立てているのか。
何事にもジェネラルのためと謳う彼が見せた感情の波。それはたとえ負の方向に片寄っていたとしても、確かにガーベラという男の本心が向けられているのだ。
憎しみや怒りといった、強い思いが。
そこまで考えた騎馬王丸は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首をゆっくりと振った。
僅かばかりに浮かんでしまった、女々しい羨望を掻き消すように。
「まぁ良い。今度は俺が直接行く。彼奴等をジェネラルの御前に捧げてやろう」
騎馬王丸は巨大な刀を持ち上げ、薄笑いを浮かべた。
ガーベラはじっとそれを眺め、それから騎馬王丸に向き直った。
相変わらず無機質に見える単眼と視線が交わり、騎馬王丸は首を微かに傾けた。
「何だ?」
「――ジェネラルは少しお疲れになっている。制限があるから時間通りに帰還しろ。それ以上は待たん」
ふいと逸らされた紅い横顔を呆けて見つめていれば、ガーベラはジェネラルに次元転送を乞い始めた。
そして、扉が開かれる。
騎馬王丸は馬を嘶かせながら走った。微笑みが、少しだけ零れた。
何故だか刀がよく斬れる予感がする。
「これはお前への手向けだ、ガーベラ」
そうして、彼は白い戦艦の頭を切り裂いた。
-END-
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シリアスで、ちょっぴりダーク路線なのかと思いきや。な結末ですみません(?)
この二人には殺伐さが似合うのですが、たまにはと思って微妙な甘さを狙ってみました…。
騎馬様がガベ様のことを好きなガベ騎馬って珍しいような……??
ガベ様(というよりマド)は不遜な態度の中に不器用な優しさがあるといい。
(2005/12/16)
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