行かないで。
行かないで下さい。
どうして。
伸ばしても、伸ばしても、この手は彼に届くことが無かった。
闇に消えていく無機質な彼の顔に、最後まで手を伸ばした。
見捨てないで、キャプテン!
・・・ 堕ちる闇 ・・・
じっとりと纏わり付く気だるい空気に巻かれ、マドナッグはゆっくりと身体を起こした。
時刻は夜。自室の明かりはつけていない。常に黒い空の下にある要塞内は、それでなくとも暗かったが。
マドナッグは辺りを見回し、自分の両手をじっと見つめた。
真っ黒に染まってしまった腕は闇の中では見えにくい。
「……黒」
自分に言い聞かせるようにマドナッグは呟く。
あの日の夢を何度見たことだろう。
冷たい貌の彼が、遠のいていく夢。必死で伸ばすのは白い――白かった頃のマドナッグの手。
眠るたびに蘇る光景を、毎夜マドナッグは嘲笑う。
深層心理の底で、戻りたいのではないか、帰りたいのではないか、そう考えている自分が愚かで仕方がない。
弱い。
これの心は弱いのだ。マドナッグでは、いけない。
薄紅色の装甲を纏い、感情を持たない機械になってしまおう。
ガーベラに、強いガーベラにならなければ。
早く。
早く。
こんなにも脆い精神を覆い隠すための鎧を。
崇高なる魔人の傍にあるための、体を。
そうしてマドナッグは、はたと気付く。
キャプテンの傍にあろうとした自分は、与えられた任務を素直に果そうとした。
ジェネラルの傍にあろうとする自分は、傷に蓋をして望まれるままに動いている。
闇を恐れて救いを求めたのは、他の誰でもないキャプテンで。
声に応じて救い上げたのは、無二なる主であるジェネラルで。
何の違いがそこにあるのだろうか。
そもそも、根本的に何も変われていないのではないか。
接合部分が、哀しげな音を立てた。
ぼんやりと視界を照らす一つ目の向こう側には、白くも黒くも無い、破壊するだけの道具が詰まった思い腕があるだけ。
偽りの鋼の体。マドナッグはガーベラとなる。
どれだけ嘘を重ねても、自分は変えられないという事実に打ちのめされながらも。
「足掻いて死ぬのが、私の生き様か」
血塗れになったこの手では、もはや伸ばすことさえ阻まれるのだから。
皮肉めいたマドナッグの言葉を部屋に置き去りにし、ガーベラはいつもの道を歩き出す。
それは屍の上に築かれた、破壊と絶望の色を湛えている。
ジェネラルを守ることは、キャプテンを呼ぶことと同じ。
縋るような叫びを放ちながら、ガーベラの鎧に押し込められたマドナッグはいつか溢れ出てしまう。
遠くない未来。
切り離された手を、マドナッグは自ら手放した。
END.
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書き終えた後、「僕の手と君の手」のマドナッグ版という感じになったと気付きましたね…。
マドナッグがガーベラになったことは、もちろんメカ生命体を統括する上で必要だったと思いますが、
それ以上に、彼の決別の意思の表れのようにも思えました。
鎧を解いてガーベラがいなくなったとき、マドナッグもまた消えるのだと決めていたような。
何度書いても彼のテーゼは書ききれないです……。
(2005/03/28)
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