<君の道は>
隣で歩く細い影を何となく意識しながら、ガーベラは黙々と回廊を進み続けていた。
歩調を速めようが遅めようが、猫のように音を消してしまっている男との間隔は変わらなかった。
ラクロア騎士団の中でも一握りの者だけが選ばれる、親衛隊。
男はその中心にいたはずだった。
だが、忠誠心の塊のようなそこから、彼は裏切りという行為を平気でやってのけてきた。
名を示す称号の様に、冷たい笑みを浮かべながら刃を振るう姿は――まさに死神だったことだろう。
元来から暗い色の着衣を好んだこの男は、今ではさらに深い漆黒の法衣を纏っていた。闇に落ちたことを示すそれには、喪服の意も込められているのか。
冷血で誰にでも嘲笑の気を当ててくる彼のことだから、そういったセンチメンタルなものはありえないのことだが。
「プロフェッサー殿」
「何だ?」
デスサイズが要塞内に入ってから、声を漏らしたのは初めてだった。
朗々と響いた彼の声に、何故かどぎまぎしてしまったガーベラは平然とした風を装いながら振り返る。
金色にてらりと光る仮面がまず目に入った。そこから零れ落ちる艶めいた糸、僅かに覗いた肌が奇妙なほど似合っている。
かさつき赤くなった唇――噛み締めたのだろうか――が、滑らかに動く。
見惚れてしまった自分を否定するように、ガーベラは視線を微かに上げた。話を聞くことと歩くことにただ集中する。
「貴方は、絶望を知っているだろうか」
淡々と起伏の無い声が耳元を掠める。
何を馬鹿な、と。ガーベラは見えないように自嘲を浮かべた。
あれほどの長い時間、孤独に押しつぶされそうになっていたのだ。そしてジェネラルに教わった醜い真実の形は、自らを救うものではなく。
絶望などと名前を付けられるほど、簡単なものではなかった。
「我々は負の塊だ。光とは決して相容れない」
自分で言いながらも、戯言だと思う。
絶望とは、希望を持ったことのある者こそが唯一知りえる虚無的感情であるはずだ。元から正たる思考を持たぬ者には、単なる薄っぺらい言葉でしかない。
ダークアクシズの者はそういった考えを持ってはいないが、だがガーベラは、知っているのだ。
信じていたものから払い除けられる悔しさを。
「――私の道にもまた、光は来ないのですね」
ふっと。彼が笑った。
これからの明日に諦念したかのように。
「無論。我々の手を取った以上は、な」
「覚悟の上です。私は貴方たちを待ち望んでいたのですから」
絶望を知っているというのに、デスサイズは軽々しく望みと口にする。
鋭利な刃物のような冷酷な微笑みを湛えて、簡単に偽りで塗り固めていく。その奥に隠れている、たった一つの儚い希望を守るかのように。味わった絶望感を覆すために。
薄々と見え隠れするその本性に、ガーベラは気付かないふりをした。
まだ踏み込むときではない。分厚い氷で閉ざされている、本来ならば脆い精神に呼びかけてはいけない。
やがて訪れるであろう氷解の時を待つことは、暗闇を彷徨っていた頃に比べれば何でもないのだから。
「ジェネラルにかけて誓え。全ては我らの悲願の為、過去も未来も売り渡すがいい」
双方ともに薄笑いを浮かべ、了承しあう。
たおやかな身体が傅き、布の擦れあう音と共に髪が房ごと垂れた。
それをただ眺めていたガーベラだったが、もたげた性急な欲に捕らわれてついっと指を宙に滑らせた。
少しだけ姿勢を屈め、その手がデスサイズの頬に当たる。相手も自分も、触れ合ったその体温が廊下の冷たさに侵されていた。
揺れる髪房ごとすくい上げるように、そのまま顔を上げさせる。
デスサイズは驚くこともなく流れに身を任せ、じっと手の主を見つめ返した。
薔薇のように赤く染まった口元は懺悔の証なのだろうか。
再び、そんな無駄なことを考えてしまった。
――センチメンタルなのは自分の方だ。
会って間もない者が捨てた過去のしがらみに、些細な嫉妬を覚えるなんて。
高ぶる感情に目を伏せながら、顔を近づけた。
こつりと額に当たった冷たい金属の感触。それから、荒れた唇の柔らかさ。
相容れないだなんて。絶望を知っているだなんて。
言っているそばから何を期待しているのだろう。
ガーベラは伸ばした指に絡ませた髪を、緩く握り直した。
END.
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まだ会ってから時間が経っていない頃の二人。呼び方も他人行儀な感じで。
けれどデスを何となく意識しているガベ様です。
(2005/01/06)
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