がたごと揺れる部屋に一人。ガラス越しに見える世界は輝いていた。
- L o n e l i n e s s -
淡く、それでもなお力強く。十字の翼がはためいた。
それは人と人ならざる者たちの、結束の証。無限に広がる奇跡の形。
目にしたときの自分の落胆は案外少なかった。
本物の姫を手に入れることが、望みではなく使命に変わっていたのはいつのことだったか。
あれほど乱れていた戦いも終局を向かえ、空が、晴れた。
皆が皆、喜び笑い合う地上を眺めながら、私は自然と誰かを探していた。
ガンダムサイは群衆から少し離れた場所に着陸をし、静かに扉を開いていく。その小さな隙間からも目を凝らした。
久しぶりに感じた外の空気。天宮らしい土埃の匂いは、常に騎馬王丸が纏っていたものと同じだった。
何だか懐かしくて、一歩一歩慎重に足を進める。
重体であった身体はなかなか言うことを聞かず、痛む背中が何度も軋む。
「ディード! まだ動くな!」
慌てた様子でゼロが飛んできた。
その身から精霊は抜け落ちていたが、先程の奇跡の光によって身体の傷はすっかり癒えている。
ゼロの後方からも、他の者がやってくる様子が目に入った。
「……行かせてくれ」
支えるゼロの手を押しやり、冷や汗をかきながらも私は歩いた。
少しだけ私と距離をとろうとする姫を一瞥して、一歩。
いまだ憎しみを忘れたわけではない少年の瞳に耐えながら、また一歩。
焦った様子の武者がゼロの方を困ったように見ていることに気付きながら、さらに一歩。
足の裏がへばりついたように、重かった。
けれど何故だか、やっと自分の本当の気持ちで歩き出せているようだと思った。
随分な時間をかけて、私は戦場の真ん中に立った。
静かについてきた者たちを見るわけでもなく、じっと足元を見つめる。それから天を仰ぐ。
奇怪な私の行動に誰も口を挟むことはなかった。ただ一人を除いては。
「――デスサイズ?」
戒めの名前に、ついと首を巡らせた。憑き物が落ちたような騎馬王丸がそこにいた。
仰天とまではいかないが、信じられないといった風に自分を見ている。
その顔を見て、ああ自分は死んだのだと思われていたのだろうと予測がついた。
「お久しぶりですね、騎馬王丸。貴方も随分しぶといお方だ」
くすりといつもの強張った笑みを浮かべれば、彼は納得したかのようにすぐに平静な顔付きに戻った。
否、平静というよりは影を孕んだ真剣な表情だろうか。
多くの犠牲を払った戦いがこのような大団円でまとまり、さぞかし嬉しいだろうと思っていたのに。
急に黙り込んだ騎馬王丸に首を傾げれば、彼は言い難そうに顔を伏せる。
「……騎馬王丸?」
途端にびくりと彼は肩を揺らした。
恐る恐るといった様子で、私の満身創痍の身体を見やる。
戦い勝利した翼の騎士に私は助けられた。ラクロアを出てからずっと部屋で眠り続けていた私は、天宮についてからも絶対安静状態が続いていた。
自分で立てるようになったのもつい先程からだった。
「――お前に伝えるべきか、正直分からん」
騎馬王丸は呟きを残して、禍々しい要塞が消えていった方向を眺めた。
「あれは、逝ったぞ」
がくがくと震える膝で全身を支え、私は空を見上げた。
愛しながら憎んだラクロアとは違うこの場所は、人間になれると思い込んでいた奇跡が起こった場所で。
私の本当の想いを、伝えられることも出来ずに潰えてしまった場所なのだと唐突に理解した。
「ディード?」
姫が自分の名前を呼んだ。
昔ならば心が張り裂けるほどに恋焦がれた彼女の声音も、私の本当の心に響かなかった。
響きを感じたのはただ一人で。
その隣にいることが、本来ならば願うべき想いだったのに。
欲しかったのはもっと低くて居心地の良い声。
人を見下すようであり、ぶっきら棒であり、寂しさと哀しみを孕んだあの人の声。
誰よりも自分を受け入れてくれていた、あの人の。
突然に湧き上がる衝動に、胸を突かれる。
熱いものが喉元を過ぎ行き、頭が痺れたように熱を持つ。
いない。いない。いない。
あの人がいない。
この世界の何処にも。
側にいろと言いながら、いて欲しいと願っていた寂しがり屋な彼の人は。
私を置いて、遠くに行ってしまった。
私は今更気付いたのに。
私の方こそ、側にいて欲しかったのに。
「ディード……」
皆が動きを止めた私を怪訝に見つめ、驚愕する。
その顔ぶれを眺めても、求める姿は何処にも無い。
私の未来には貴方がいたはずなのに。
生きることを許されたこの身では、そんな些細な願いも露と消えるのだろうか。
これが贖罪だと言うのだろうか。
「一人に……一人にするなと言ったのは、貴方じゃないですか」
今ならようやく分かる。
自嘲じみて言った彼の本心を。一人では、とても生きてはいけないような孤独感の恐怖。
込み上げる涙は止まらない。
あの人に捧げられなかっただけの私の想いが、今となって流れ出ているような気がする。
「どうしていないのですか――」
紡いだ言葉は消え入る。
何人かが身体を硬直させてその名を聞いていたが、私には何の感慨も抱かせない。
力は抜ける。意識は遠のく。視界が、掠める。
「ディード!」
遠くでゼロが泣き出しそうな声で叫ぶのが聞こえた。
私の名前ではないように、聞こえた。
部屋に戻された私は、外界の喧騒と薄いガラス一枚隔てて一人きり。
遠くで笑い合う声も、嬉しそうな表情も、まるで舞台上の出来事のように現実味を帯びていない。
再び私は、ぼんやりと空を見上げた。
禍々しくも懐かしい、要塞が消えた方向をずっと見つめていた。
止め処なく頬を濡らす温かな雫を、私は拭えずにいた。
広くて冷たくてけれど確かに優しかったあの背中を、貸してくれると言った彼はもう何処にもいないから。
最後に言葉を交わしたあの頃。
自分の気持ちに気付いていれば、彼の消え行くその瞬間まで記憶に刻めただろうか。
彼の血反吐を吐くような声が聞こえたような気がして、視界がぼやけだす。思わず私は目を伏せた。
無駄な感傷は止めろと、言われてしまうのだろうか。
あの日々で自然と身に着けてしまった自嘲が、浮かぶ。
『側にいろ、デスサイズ』
約束を放棄して消えてしまったあの男は、もう二度と帰ってこない。
-END-
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「Freedom」とは逆に、ディードが生きていた場合。
前に出していた物を少々書き直ししました。結果、デス様がより女々しく(…)
もう何か散文状態なんですが、いつもどおり空気が伝われば良いかと。
(2005/11/19)
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