** 響かない足音 **




 ふわりふわりと漂う影。

 かつりかつりと叩く足音。



 そうして二人は、いつも付かず離れず歩いてきた。




「お前、自分の足で歩けんのか」

 要塞の廊下の真ん中で歩みを止めて、ガーベラが不意に発した言葉。
 デスサイズはきょとりと目を瞠り、それから少しだけ首を傾げる仕草をした。

 ガーベラの唐突な発言には慣れたものの、今更過ぎるその言葉はデスサイズにとって不可思議なものとしか思えなかった。
 そう――。
 出会ってから二年もとうに過ぎ、本当に今更過ぎる問いかけだったのだ。

「歩いて、欲しいのですか」

 ゆっくりと、確認するように言えば、ガーベラは振り返ることなく微かに俯いた。
 デスサイズは影に浮かぶ偽りの瞳を細め、それをじっと眺めた。
 紅の鎧に身を包んだ相手は、無言で再び歩き出した。





 かつかつ、と硬質な音が朽ちた場内に響き渡る。
 ささくれだっている音色は、主の苛立ちを映したかのようだ。

「忌々しい! まだ見つからないのか!」
「申し訳ありません……」

 形ばかりに傅いて、デスサイズは視線を下へと向けた。
 視界に入るのはトールギスの足元。
 石で作られた、ラクロア城の床。
 けれど反響する音は、無機物だけで作られているあの冷たい要塞とは全く違う。
 石と、有機物とも無機物ともいえない存在がぶつかる音は、自分の心を落ち着かせてはくれない。
 金属と、機械人形の固い装甲が触れ合う音の方が、少しだけ――本当に少しだけ安堵をもたらした。

 デスサイズは比較してしまった自分に苦笑した。
 あんなことを言われたから、気になってしまうのだろう。

「デスサイズ?」

 トールギスが頭を一向に上げようとしない彼を怪訝に思い、少しだけ落ち付いた様子で名を呼んだ。
 はっとして見上げれば、憤慨してこちらを見向きもしなかったトールギスがじっとこちらを見つめていた。

「お前、突然黙り込むな。そこにいるかどうか分からないだろうが」

 あ、と。
 デスサイズは漏れるような自分の呟きを耳にした。
 微かに瞠目したトールギスは顔を顰めたが、すぐにそっぽを向いてしまった。




 叱咤を受けたデスサイズは、一人でぼんやりと石の少女を見上げていた。
 静かな空間には、空気の流動する音しかしなかった。

 まるで、この部屋には誰もいないかのように。

 デスサイズは己の本性を現し、浮遊する自分の身体を見下ろした。
 力を抜いて、影の出来た床へと足をそっと下ろす。


 かつん。


 そうして初めて音がなった。






「デスサイズ?」

 ガーベラは多少驚いた様子で、目の前の魔法陣から現れたデスサイズを見た。
 いつものような実体の無い姿ではなく、金の仮面をつけた彼を。

 要塞に訪れたのは昨日のこと。
 だから二日三日は現れないのだろう、と。
 ガーベラは、誰もいないジェネラルの間を眺めて溜息を吐いていたところだった。
 なのに。

 唖然とした相手を真っ直ぐ見つめ、デスサイズはひらりと飛び出した。
 いつもなら嘲り交じりで何か言ってやれるのに、今は何も考え付かない。
 溶鉱炉に落ちてしまうかもしれないのに。無下に払われるかもしれないのに。
 それさえも、頭の隅に追いやられていて。

 ただ、ガーベラに触れて欲しかった。

「デ、デスサイズ、一体何なのだ?」

 飛び込んできた痩身を思わず抱き締めてしまったガーベラは、動揺していることを悟られたくなくて吃る声音を無理やり吐き出した。
 腕の中に存在する形は、確かにそこにデスサイズがいることを証明していて。
 不謹慎だ、と思いながらも、ガーベラは知らず知らずのうちに安堵の息を吐き出していた。


 一瞬だけ強張ったガーベラの身体から力が抜けたことに気付き、一層デスサイズは縋りついた手をきつく握り締めた。
 自分の今の行動は、とても不自然で無意味なものなのかもしれない。
 けれど、驚きながらも無意識に腕を広げて受け止めてくれたガーベラに、泣きたくなるほど切ないものが溢れ出した。

「私は、ここにいますから。だから……」

 足音がしなくとも。生き物の気配がなくとも。
 そこに、いるから。

「……だから安心して前を向いて下さい」

 デスサイズの言葉に、ガーベラは背筋が震えそうになった。
 足音の無い背後にはもしかしたら誰もいないのかもしれない、と不安がるこの想いが、伝わっていたということに。
 嬉しさなのか、哀しさなのか、虚しさなのかは分からないけれど。

 腕の中には、確かに息づく存在がある。

「――ああ」

 思いの丈を込めるように、ガーベラは抱く力を強くした。








 廊下に響くのは、一人分の足音だけ。

 けれどもう、ガーベラは振り向かない。問いかけの言葉も吐き出さない。
 付かず離れず過ごしてきた相手は、きっと今も音もなく後ろに寄り添ってくれているだろうから。

 彼の存在を、自分は確かに知っていたから。


 かつりかつりと叩く足音。

 証明に照らされて浮かぶ、一人分の影。


 ガーベラはただ前を向いて歩き続ける。
 背後に続いていた騎士の影が、もう二度と戻らなくとも。






-END-




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放送終了一周年記念企画にて、リクエスト頂きました。
何だか散文的なガベデス話でした…。
一人が嫌いなガーベラに自分がいなくても平気なようにしておくデスサイズ。
何となく別れを察していたような雰囲気です。確実に両想い…;
足音がしないので不安なガベ様。喋らないと不安なT様。自分の存在が少しあやふやなでっちゃん。
誰もが確立した「自分」という存在を誰かに肯定してもらいたいのだと思います。

(2006/02/27)

記念企画のお持ち帰りは終了させていただきました。ありがとうございました。(03/10)

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