[ 傷付けあってそれでも ]



 嘘吐きは嫌いだと主は言った。
 だから自分は嘘をつかない。元々、そういった頭もなかったかもしれないが。
 精霊としてもガンダムとしても、とても曖昧な存在として生まれてしまった自分は、他人の負の感情を乗っ取り身体に寄生する。
 そうしなければ、存在が確定されないのだ。
 人々はそんな自分を見て恐れ、魔剣だと呼んだ。忌み嫌い、封印を施した。
 けれど唯一、主だけは自分を解放し必要としてくれた。

 仮面を被り、姿さえ変えてしまう主は、いつも表情の無い微笑みを浮かべている。
 初めて出会った時の驚いた顔や困ったような溜息、そして、控えめに笑う顔が好きだった。
 以前はそうした面をよく見せてくれたのに、今では面影一つ残っていない。
 ディードと名を呼ぶと怒られる。誰かを喰らいたいと言えば無言で首を横に振られる。


 主が変わってしまったのは、あの男のせいだと思う。
 真っ白な鎧を着て、自分の力を半減させていた聖獣の一体を従える騎士。
 真っ黒でぼんやりとした主が傅く、煌き輝く姿を持った高慢な男。

「デスサイズ、嫌いダロ? あいつ、食べていいカ?」

 剣のまま意識に問いかけてみる。主は、やはり首を縦にはしなかった。
 駄目だ、とやんわり諌めるその表情も凍えたまま。


 どうすればいいのだろうと、必死に考えてみるけれど、短絡的な自分の頭ではよく分からなかった。

 どうすれば自分は認めてもらえるのだろうと、最近ではそればかり考える。



 今日も主は自分を安置している部屋にやって来た。いつもどおりに口を開くことなく、飽くまで傍に立っている石像を眺めている。
 黒い甲冑が珍しく消えていた。主が纏う、憎き精霊の気配が無い。
 必然的に黄金色の仮面も無くなり、以前と同じ綺麗な群青色の瞳が覗く。

「リリ……もうすぐだよ」

 睦言が繰り返される。
 優しそうな声音。自分には与えられないもの。
 なのに、主は同じ貌を浮かべたままだった。熱っぽい言葉が紡がれる口元は、普段と寸分も変わらない。


 そうして程無く、トールギスを喰らった。


 流れてくる負の感情。
 ガンダムになれない自分への苛立ちと原因。国を憎む思い。

 裏切った者への、滾る復讐心。


 デスサイズは、嘘吐きは嫌いだと言った。
 でも本当はどっちが嘘吐きなんだろう。


 主に恩返しをしたい一心で、捕まえた獲物を喰らわずにラクロアへ連れて行く。
 そうすれば喜んでくれる。動かない石像なんかより、自分を褒めてくれるだろうか。
 ――そんなわけ、あるはずがないけれど。
 白くて青い騎士に切られたとき、デスサイズは助けに来てはくれなかった。きっと、もう要らないのだろう。
 必要だったのはこのため。たったのこれだけのため。


 身体が分解していく感覚。
 精霊でもガンダムでもない自分は何処に行くのだろう。
 ラクロアの大地に還れるのだとしたら、もうこんな身体で生を受けたくは無い。
 自分で歩ける、足が欲しい。



 ふと思う。
 精霊たちの怒りをかったあの人は、何処にいくのだろうか。
 自分とは逆に、大地に戻れなくなるのだろうか。

 もしも本当に戻れなくなるのならば。





 ――食べておけば、よかった。







 END.





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エピオンに自己意識があるのかどうか怪しいですが。
この一人と一本の出会いを考える時点ですごく捏造物ですね…;
仄かにエピデス…。
(2005/01/30)


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