貴方の心の花は、どんな色?

 貴方の心の花は、どんな形?


 ――……今でも分からない。貴方の花。



胸の花 -Wing-



「貫きたい想いが存在する者は、心に美しい花を咲かせるそうだ」
 姫様が、言っていたことを私はふと思い出した。

 いつもの四人と共に卓を囲み、和やかに祭りを楽しんでいた。
 その時の、他愛もない話題の一つに過ぎなかった。

 次々と自らの信念を語る同士たちに、私は心地良いものを感じ取っていた。
 しかし。
 私と似たような微笑みを湛えながら、彼は一向に口を開こうとはしなかった。
 不思議に思いながらも話は弾む。時間だけがどんどん過ぎていくことに、何故か焦れた。


「お前はどうなのだ、ゼロ?」

 開口一番に彼は言う。驚いた私は言葉に詰まった。
 ディードの台詞に、皆が一斉にこちらを向く。急に居心地が悪くなり、何気なく彼の方を見やる。
 意地悪げに笑った彼が助けてくれるわけがない。
 観念した私は、想いを吐き出した。

 その時から、彼の表情は凍えていたような気がした。



 ――……口にしてから、少し後悔した。
 急に恥ずかしくなってきた。顔中に熱が集まり、火照ったのがわかる。
 これも、皆が感心の声を上げるからだ。

 ディードは眩しそうに目を細めて、じっと私に微笑みかけている。
 見守るような温かい視線に、私は思わず尋ねてしまった。

「で、ディードはどうなんだ?」

 一瞬、きょとんとした表情を彼は浮かべた。案外幼く見えるそれに、私はさらに詰め寄る。
 困った様子を見せたディード。だが年上の余裕なのか、やんわりと自分のペースは乱さない。

 悪酔いしている、と笑われたが。
 私は彼の信念を確かに聞きたかったのだ。

 ディードは俯いて、何事かを呟いたが私には聞き取れなかった。
 具合が悪くなってしまったのかと、彼の端整な顔に手を伸ばす。乾いた肌は、冷たい。

 彼の顔が泣き出しそうに歪んだ気がした。



 お開きにしよう、とディードは突然立ち上がった。
 慌てて私はそれを追った。他の三人が怪訝に思っていたようだが、構っていられない。
 あまり飲んでいなかったおかげで、ふらつくことなくディードに追いついた。

 静かな背中に気圧され、私は彼の名を呼ぶことしか出来なかった。
 不安に彩られた声は、震えていたような気がする。

 彼は立ち止まった。
 そして突然、私を抱き締めたのだ。
 酒を飲んでいたはずのディードは、彼の掲げる称号のように冷えきっていた。

「ディードっ! 人が来たら――」
「……すまない。でももう少しだけ」

 擦れた小声が耳元で響く。路頭に迷った者のように、彼が小さく見えた。
 腕を回しても、ディードの身体は一向に温かくならない。
 私では彼を守ることも癒すことも出来ないのだろうかと考える。
 どうして、彼は自分を選んだのだろう。

 彼の心の花は、誰に手向けられているものなのだろうか。





 あれから二年。
 私は緑色にうねる草の海に立っていた。

 自然の中に埋もれていると、美しかったラクロアの大地が思い出せた。
 無機物に囚われた禍々しい城も、それを囲む闇色の魔方陣も、忘れることが出来た。

「ああ美しいな……。空の色を思い浮かべるたびに、私はお前を思い出すよ」

 ぼんやりと一人で呟いてみる。
 絶望の記憶は、姫の声と彼の笑顔で終わっている。日が経つにつれてだんだんと薄れていく。
 あれは夢なのだと、自分の中で誰かが言い聞かせているように。

 私の全ては粉々に打ち砕かれ、今にも花は枯れそうだ。
 しかし枯らしてしまえば、主君も仲間も死んだと認めてしまいそうで怖かった。

 だから空を見上げた。忘れないように、花を再び咲かせるために。
 冷たい冬の空は、彼の後姿に似ていたから。


 たとえ禁忌と言われようとも、彼を選べばこれほどまでに後悔しなかっただろうか。
 私にはもう、分からない。



-END-




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ゼロの葛藤。回想のディードは、いつも真っ白な光の中に立っていたなと思い。
この後、再会してあんなことやこんなことがあるわけです。きっとこれが最後の綺麗な思い出。
切ないよゼロ……;

(2004/10/14)



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