貴方の心の花は、どんな色?

 貴方の心の花は、どんな形?


 ――……私の心の花は、きっと。



胸の花 -Dark-



 年に一度の無礼講。
 ラクロアは、精霊祭で賑わっていた。

 我ら親衛隊の者たちも、今宵ばかりは誰の目を気にすることなく酒に酔える。
 家族もない私たち騎士は、やはり仲間内でいつのまにか集まった。


 そして誰が言い出したことだろう。

 不意に現れた一つの話題。――それは信念の話だったろうか。


「貫きたい想いが存在する者は、心に美しい花を咲かせるそうだ」
 姫様がそう仰られていた、とゼロが語った。
 半分酔っていた他の仲間たちは、己が信ずる道を話していたときのことだ。
 それを聞いた彼らは、自らの花について考えを述べ出した。

 私も興味が無かったわけではなく、静かに耳を傾けていた。

 心地良い響きを上げる透明なグラスは、じっとりと結露し始めていた。
 からりと杯を傾け、会話は進んでいく。


 随分と時が経ったが、言い出したその人は私と同じく熱心に話を聞いている。
 自分からはまるで語ろうとしなかった。
 不意に、そんなゼロがどんな花を持っているのか気にかかった。
 深い空の色を彷彿させる双眸を覗き込み、私は微かに笑みを浮かべた。

「お前はどうなのだ、ゼロ?」

 弱めのワインを飲み終えたゼロが、目を丸くして私を見た。
 初めて出会った頃のように、あどけないその表情に私の微笑みは深いものとなる。
 私の問いに、卓を囲む仲間達が一斉にゼロに視線を送った。

 浴びる六つの瞳にたじろぐ年下の騎士は、ちらりと私の方を向いた。
 程よく酔っていた私は意地の悪い笑みを返したが、助け舟を出す気はない。


 観念したのか、ゼロは静かに口を開く。

 そしてその言葉に。

(――……理不尽に思わないか?)


 一瞬で酔いが醒めた。



「この美しいラクロアを守ること。仲間と一緒に生きること」

「そして何よりも、王家の方たち……姫様を幸せへ導くこと」


(――……シアワセって何だ?)


「だから私の花は、気高きラクロアンローズのようだったら良いと思っている」

 さすがゼロだな、と皆が口を揃えて感心した。
 照れているのか、顔を紅潮させたゼロはそれでも嬉しそうに笑っていた。
 もちろん私もそれに同意し、目を細くした。眩しいものを見るかのように。

「で、ディードはどうなんだ?」

 仕返しと言わんばかりに、ゼロが詰め寄る。
 普段から冷たい甲冑に隠されている白い肌は、酒のせいも手伝って桜色に染まっていた。

「ふふ、悪酔いしているな?」
「お前だって言っていないだろう?」

 確かにそうだ。
 しかし、口に出せるだろうか。


 私もゼロと同じ思いだ、とでも言えばいいのか?

 私も姫に、ラクロアに、忠誠を誓っているのだと?


 私は、偽りの言葉を選ばなければいけないのか?


(愛していると叫びたいのに、世界はそれを許さない)


「……私の花は、咲けないのさ」

 恐ろしく感情の無い声が、自らの口元から絞り出された。一番驚いたのは私。
 ゼロや他の仲間達には決して聞こえない小さな響きは、大地に溜まった怨念の如く。

 黙り込んだと思い、怪訝に思ったゼロが私を心配そうに見ている。
 細く柔らかい手が頬に触れる。

 無償の温かさに触れて、急に泣き出したい衝動に駆られた。


(青い薔薇の似合う美しき、人の子と精霊の子を)

(何故、愛してはいけないのだ)


「そろそろお開きにしようか。明日に響くぞ」

 もう、これ以上この場にいられなかった。
 声をかけて解散を促し、私自身は最も早くに席を立った。
 たいして飲んでいなかったゼロが、慌てて私の背後に続く気配がした。

「ディード?」

 頼りない、少し高めの声が私に問い掛ける。
 人通りの全く無い夜の廊下は、冷たい氷牢のようだ。月明かりだけが時を支配している。

(闇と静寂。ここは極寒の地獄)

 それを見るなり、私はゼロの身体を抱き寄せた。
 誉れ高き称号の名の通り、心までもが凍えてしまいそうで。
 ただ温もりが欲しかった。

「ディードっ! 人が来たら――」
「……すまない。でももう少しだけ」

 擦れた、必死な言葉に、ゼロはどう思ったのだろう。
 おずおずと背中に回された腕の中で、私は至福と恐怖を感じていた。

 狂気を飛び立たせないために。そしてこの愛しい温もりを忘れないように。
 二人きりの廊下の角で、ただ抱きしめあった。


(私の花はつぼみのまま。開いてはいけない絶望の扉)


「多分、暗い場所でしか咲かないのだろうな」

 自嘲のために醜く歪む顔は、見られずにすんだ。



-END-


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結構長くなってしまいました。ディーゼロです。ほのかにディード→リリ的描写も。
ゆっくりと闇に蝕まれていくディードを書きたかったのですが、単なる独白に?

暗い話ですが、比較的ラブい二人(…)
ゼロの性別も特に意識せず書いたので、彼、とか、彼女、という呼び方はしませんでした。
あとはディードもデスサイズも、支えがなければ崩れてしまうイメージで。

(2004/09/19)



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