「また連れて来たのか。そのうち、国中空っぽになるのではないのか?」
「そうですね。構いませんけれど」
語った言葉は残酷だったが、微笑んだ顔には微かに温かいものが感じ取れた。
「 二 人 -FUTARI- 」
いつも通りの、会議とは名ばかりの席の上で、ガーベラはよく自分を急かす。
主の目覚めをひたすら待つその忠誠心には敬意を表すが、何にせよ、いけ好かないのは変わらない。
尊大な態度を崩すことなく、さも自分が正しいのだと踏ん反り返る。
同じ目線にあっても、見下されているような気がするのは常だ。
決してこのような化け物たちに、民を喰わせてはいけない。
こうしていつまでも甘んじているわけなく、天宮を制覇した後にすぐに翻してやろうと思っている。
いくら自分が国を敵に回した者だとしても、乱世を終えるため、ひいては人々のためなのだから。
だからデスサイズの、迷うことなく自分の仲間を見殺しにしていくその行為に、吐き気がしたのは一度や二度ではない。
黒い死神は仮面の下で何を考えているのか、全く分からない。
化け物の生贄となった者の残骸を、どんな気持ちで見つめているのだろうか。
硬質な表情は、冷たく微笑を湛えるだけで。
ガーベラ以上に滅多に動くことが無かった。
「綺麗な顔をしてえげつない」
始めに持った感想は、そんなものだった。
それから幾日経ったかまるで覚えていなかったが、漂う何か不思議な空気に気付いたのはいつだったろう。
ガーベラが一人でいるところも、デスサイズが一人でいるところも――二人が同じ場所にいない所にいることも、決して見ることがなくなった。
もちろんガーベラが研究所に篭っていることはある。デスサイズがラクロアへ出ている時もあるに違いない。
それでも最低限、ジェネラルの間でしか会う機会のないのだから、自分はいつも二人が一緒のところしか見ていなかった。
以前はそうではなかったはずだ。
どちらかと言えば、二人とも一人でいることを好んでいた。
「どうかしたのか?」
「何がですか?」
奇妙な光景に首を捻り、思わず訊ねたのはいつの日か。
デスサイズははぐらかす様子もなく、ただ不思議そうにしていた。
ガーベラには……問いただす勇気が出なかった。
ある日、珍しく早く天宮から出てくることができた。
愛馬を走らせ、やはり基地にもすぐに辿り着くことができた。
定例時間までは、半刻ほど間が開いていた。
例の部屋にはあまり近づきたくはないし、行ったとしても誰もいないことだろう。
仕方なく、いつもの道とは違った通路に入ってみる。この歳で迷子になるとは思っていないが、余念なく道順を頭に入れた。
時折、緑色のちょこまかとした者たちに出くわしたが、目が合うたびに道を譲られた。
部下への教育は行き届いているのだな、と誰に言うのでもなく呟いてしまった。
「ん?」
ふと気付けば、人気の無い一角に出た。
そこは倉庫が並んでいる回廊なのか、薄暗く、錆臭い風が抜けていった。
辺りは閑散としていた。一番奥に位置しているのか、これ以上は進めなかった。
仕方なく倉庫に沿って行くと、しばらくしてあからさまに種類の違う扉が目に入った。
「……誰か、いるのか?」
この一角は照明が落とされ、ほとんど真っ暗だった。それでも、扉の奥に誰かがいる気配がする。
まるで周りから切り取られたような扉の向こうの空間。
浮かんだ疑念と僅かばかりの好奇心は、ぴたりと閉ざされている二枚合わせの自動扉に注がれた。
まさか自分を叱る者もあるまい。
そうしてほんの少し思案した後、結局扉の前に自分は立った。
そしてすぐに部屋から出て、急いでその場を離れた。
見てはいけないものを見たわけではない。
でなければ、部屋の主は鍵をかけずにいるわけがないだろう。
「早いな」
すぐに会議は開かれた。
何食わぬ顔で現れたガーベラの涼しい顔を、いつもどおりに一瞥した。
平常心を極めた武士道とは、こんなときにも役立つのだなと内心では思う。
さすがにデスサイズの方は見れたものではなかったが。
やはりその日も、二人は同時に姿を現した。
互いに距離を取り合って接するこの時も、何だかそれが二人のちょうど良い場所に思えてくる。
互いの情勢を報告しあった後はいつもどおりの座談会が始まった。
ガーベラがジェネラルを褒め称え、デスサイズが毒舌紛いの言葉を吐き、長い論弁に飽きた自分が将棋を指す。かちんとくる言葉を言われれば、自らも口論の輪の中へと入った。それをデスサイズがやんわりと諌める。
どこまでも日常の光景なのに。
自分の目は、もう以前とはまるで違う世界を映し出していた。
何故、国の騎士達をジェネラルに捧げるのかと、問うたことがある。
相手は冷笑を浮かべて、盟約ですから、とそっけなく返した。
だけどその微笑みは、どこか優しいものが含まれていた。
「空っぽになったって構わないのです。私には、帰る故郷はないのですから」
違うだろう、デスサイズ。
壊してしまった帰る場所を、その実は欲しがっているのだろう。
デスサイズだけではない。ガーベラもまた、心の何処かでそれを望んでいる。
だからあの日。
偶然見つけたあの部屋――中もまた暗く、移動したのかさえ一瞬分からなかったほどだった――の中で、それを見ることができたのだ。
闇夜にも似た空間の中、ぽつりぽつりと天井には星が散らばっていた。映写機にも似た機材を利用して作られたものだろう、光を放つ物体が床に置かれていた。
描かれる銀河は美しく目を見張るものではあったが、それ以上に自分は釘付けになっていた。
肩を寄せ合い、幻の星を眺める二人の姿に。
耳元で会話しているのか、声は聞こえなかった。
双方共に常に隠している素顔を曝け出し、その輪郭が光でぼんやりと浮かび上がっていた。
彼らは控えめに微笑んで、仮初の宇宙を見上げている。抱きしめるように回された腕が、親密なその関係をさらに濃くする。
気づけば廊下に出ていた。驚きが何よりも勝っていた。
普段から聡いあの二人が、いくら軽く気配を絶っているとはいえ自分の存在に気付かなかった。
それほどまでに、二人のあの空間は安らげる場所であり、本心でいられるところなのだ。
デスサイズは知らない。
あれほどの命を、簡単に溶鉱炉に押し込められるその本当の理由を。
ガーベラは知らない。
心の隙間を埋められる存在に出会えたことに。
惹かれ合い、共にいることを選んだ幸薄い二人。
それでもせめてこのまま、何事も無く微笑んでいてほしいと望む自分は、甘いのだろうか。
二人の間には、障害が無いはずなのだから。
-END-
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切ないラブな二人を見守るお父さん騎馬様。最後の言葉は、自分と重ねている節があるような。
ガベ様もデス様も、本当の恋ってやつを知らずにここまで来てしまったから心配してます。
もっとくっつく予定でしたが、やはりこの辺りが今の限界みたいです;
清純派な二人のデートスポットは、自宅でプラネタリウムでした……な話。
(2004/12/04)
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