消えていく呪縛の城を見つめていれば、不意に走馬灯が走った。
- F r e e d o m -
禍々しい魔人が、最後の力をもって世界を滅亡させようとした。
けれどあの死の雨は要塞に降りしきり、蜃気楼のように消えていってしまった。
まるで、夢だったような。
天空に青空が戻り、次元を切り裂いた傷跡は綺麗に元に戻った。
そして辺りから歓声の声が一気に湧き上がる。
自分たちは勝てたのだと。未来への切符を手に入れたのだと。喜びの表情をしていた。
私は?
急に手に入れた、自由。
信じることで得られる、仲間という名の絆。
今までの所業を思えば、私の手ではあまりにも抱えきれないほどのもの。
昨日まで空虚だったそれらは重くて。泣きたいくらい温かくて。
あの手を握り返して良かったのだと改めて思う。
で、も。
「マドナッグ、大丈夫か」
キャプテンが心配そうに自分を覗き込んできた。
自分と同じように心を弄ばれ、それでも仲間を信じる心を忘れずに打ち勝った少年もやって来る。
話は聞いているのだろう、S.D.G.の人々は何かと自分を気遣ってくれる。
天宮を救った幼い救世主が、向こうで指図を出している。
炎を纏っていた若武者が、慌てた様子で鎧を探し回っている。
精霊を身から解放した騎士と美しい姫が、複雑そうに自分を遠くから見ている。
皆が天地城を引っ張り上げていたり、無事を確認しあったり。
で、も――……。
「え? だ、大丈夫? 本当に何でもない?」
シュウトが慌てた様子で話しかけてきた。
キャプテンは目を丸くした様子で、じっと私を窺った。
「何故だ? 私は別に怪我などしていないが」
その反応が不思議で、二人を思わず凝視する。
シュウトは眉を寄せてとても困った顔をした。キャプテンは首を微かに傾けた。
「だって、マドナッグ――」
「泣いている」
キャプテンの言葉を、一瞬だけ変換し損ねた。
顔に指を近づける。頬に液体が伝っていた。
止まる術が分からない。だってデータにはこんなこと無い。メモリーにだって残っていない。
どんどんと溢れてくるものに、視界がぼやけた。心なしか呼吸も荒くなったようだ。
どうしてだろう。どうしてなんだろう。
私は自由になれたのに。私は、救われたのに。
背負っている罪の大きさだって分かっているのに。
突然その場から走り出した私に、二人はとても驚いていた。
自分を見ていた騎士と姫も、その行動の意味が分からずに唖然としている。
衝動のまま、先程まで赤色の悪魔が鎮座していた場所まで駆け寄る。
何も無い。何も残っていない。本当に、今までの事柄が全て幻だったよう。
「――っ!」
再び、熱い衝撃が身体の中から突き上げてくる。
ソウルドライブが、啼いている。
そこからは何が何だか分からなかった。込み上げてくるものが堰き止められなくて。
「何で、何でお前はいないんだ? 私もいる。騎馬王丸だって生きている。なのに、なのに!」
「――ガーベラ」
遠くから自分を見ている者たちの間から、見知った武者がゆっくりと歩んできた。
その双眸は軽く伏せられ、自分を哀れむような色を見せている。
普段だったのなら、そんな目で見るなとはねつけられるのに。
分かっている。今の私は酷く、惨めな存在だから。
「いない……いない……あいつがいないのだ、騎馬王丸。何処にいったのだ?」
「っガーベラ!」
「どうして私の隣にいないのだ? 皆、笑っているのに、私だって笑うことができたのに」
「ガーベラ!」
必死に叱咤してくる騎馬王丸の顔は見れない。彼は、知っているから。
私は大地に膝を下ろし、何度も何度も拳を振るう。
泥がつこうが、傷ができようが、そんなことは些細なことで。ただ痛む心の軋みを紛らしたかった。
「死んだのだ! もう二度と帰ってこぬのだ!」
怒鳴っている騎馬王丸は、きっと顔を歪めているだろう。
彼は、知っているから。
私はのろのろと力なく腕を下ろした。膝立ちのままで、ぼんやりと空を見上げた。
溢れてくる涙が止まらないのだ。漏れる嗚咽が、情けなくも思う。
お前に、きっと馬鹿にされてしまうだろう。
しきりに心配していたシュウトとキャプテンがそろそろと近づいてきた。
その後ろに続くように、若武者と騎士と姫もいた。
騎馬王丸が自分の肩を少しだけ叩き、そちらに気付かせてくれる。
天宮を手に入れることができなかった彼は、ずいぶんと優しくなったように感じた。
「突然……すまないキャプテン……」
「いや、構わない。ただ心配なだけだ。良ければ理由を教えて欲しい。我々は仲間だ」
その言葉だけでまた涙腺が熱くなる。ぐちゃぐちゃになっているだろう自分の顔を、何とか拭う。
無理に笑おうとしたが、駄目だった。
あいつなら、どんなに苦しくても笑っていられたのに。
考えれば考えるほど、止め処なく溢れてくる。
「大事な人がいなくなっちゃったの?」
シュウトがおずおずと尋ねてきた。
きっと先程の悪夢を思い出しているのだろう、辛そうな表情だった。
大事。
そう、多分、本当なら一番大事だったはずの相手。大切にしていなければいけなかったはずの。
「いなくなった……そうだ、もう、会えないのだな」
「――ガーベラ」
騎馬王丸が、騎士と姫にちらりと視線を投げた。私もまたそちらを少しだけ見やる。
言うべきではないのは分かっている。こんな時に、古傷を抉るようなことは止めた方が良いに決まっている。
でも駄目なのだ。
もう私は、自由を手にしてしまった故に自分の感情を押し殺すことができなくなった。
お前の名を、胸に刻みつけるようにただ呼んだ。
騎士と姫の表情が微かに強張ったが、私にはすでに気遣う余裕などない。
切なさが棘のように身を刺して、涙の粒がさらに大きくなった。
止められない。嗚咽が再び号泣と化し、私は目を伏せた。
『馬鹿ですね、ガーベラ』
分かっている。
けれど、もう少し。今だけでいい。
――……お前のために、泣かせてくれ。
-END-
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大泣きマドナッグ。それからガベとデスの関係を知っていた騎馬王丸。
とある曲を聞いていたら、がーっと出来上がってしまいました。
助かったけど、周りにいる皆の中に一番好きだった人がいない喪失感。
それが表現できていればいいのですが……。
ああ、もう、心の底から幸せになって欲しい二人……。
(2005/01/10)
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